フットウェア部門
フューチャーデザイン賞
誘引 ウツボカズラ
課題商店
鮮やかな緑に映える、独特の赤い筋。この靴のモデルは、食虫植物のウツボカズラである。反り返った履き口からつま先にかけての優美な曲線は、生々しいまでに実際の補虫袋に忠実。虫たちが、甘い香りに誘われて中へと吸い込まれてしまうように、私たち人間もその魅力に思わず足を滑り込ませてしまう。そんなコンセプトを「誘引」というタイトルで表現したのが、木下実さんによるこのブーティ(くるぶし丈のブーツ)だ。
「靴を履く行為って、『なんだかかっこいい』、『身につけたら楽しいかも』、そうした純粋な欲求が根底にあってこそだと思うんです。そこから連想して、思わず虫たちが近寄っていってしまう、食虫植物をモデルにしようと思いつきました」
実際のウツボカズラを注意深く眺めるほどに、その造形美に魅了されていった木下さん。
「一体どうやってこの形になったんだろうと思わせる、唯一無二のフォルム。人の手では到底つくりえないこのデザインをいかに靴の形に昇華するか、なかなかのチャレンジでした」
型紙もつくりはしたものの、製作工程の大半は、実際に革を触りながら具体的な手法を探っていく作業だったという。ここで大いに生かされたのは、濡らすことでその形を自在に変えてくれる、可塑性という革ならではの性質。
「濡らした革をカーブさせたり、つまんで筋をつけたり。試行錯誤を重ねて、まずはアッパーをつくりました。工程としてはそこから“釣り込み”というアッパーの革を引っ張って底付けをしていく作業になるのですが、最初はせっかくつけた筋模様が伸びてしまって。何度も失敗を繰り返しながら、たどり着いたのは芯材として麻ひもを仕込む方法。これにより、最後まで美しい筋模様を残すことに成功しました」
※革製品に色を重ね塗りして、濃淡やムラ感を出す染色方法
使った素材は、牛のクラストレザー。自分で好きな色合いに染め上げることができる、いわばすっぴんのような、仕上げ前の革だ。
「まず、筋をつけてアッパーを成型。それをスポンジで緑色に染めていきます。乾かしたら釣り込み、赤い色は最後に筆で着色しました」
この丁寧な手仕事の染色が、見事にリアリティを生み出している。
リアリティといえば、踵のループはウツボカズラのツルを表現したもの。ヒールの巻き革からの一枚ものの革の先端を輪にすることで、作品としての美しさを保ちながら、実際の植物の造形に忠実なデザインとなっている。
「なるべく本物のウツボカズラに近づけたかったんです。なので、極力縫い目を見せない仕立てや、ジッパーなどの金具を使わなかった点も、自分なりのこだわりです」
さらに、履き口から中を覗くと、かわいらしい蜂のワッペンが。
「食虫植物ですからね。中に虫がいることはマストかな、と(笑)」
見れば見るほど、完成度の高い本作品。しかし驚いたことに、この作品は木下さんが手がけた、初めての自作靴なのだ。
「もともとは、食品会社で法人営業をしていました。新卒入社で、トータル12年間ですね。2023年に会社を辞めて、24年に台東分校(東京)に入学。1年間靴づくりを学び、その時の課題のひとつとしてつくったのが、このウツボカズラでした。もう一点、同じ食虫植物をモデルにしたハエトリグサの靴をつくったんですが、それらふたつが人生初の作品です」
ドラマティックに人生の舵を切った木下さん。そこには家族、特にふたりの子どもたちの存在が大きく関係しているという。
「食品会社勤務時代は、外食企業向けの商品提案などをおこなっていました。採用されれば、実際に食べているお客さんのうれしそうな顔が見られますし、非常にやりがいはあったんです」
しかし、どうしても見て見ぬふりをできなかったのが、フードロスの問題だった。
「子どもたちには、ごはん残さず食べようね、って言っているのに。もちろん、ビジネスなので割り切ることも必要だとは思うんですけど、人生一度きりなんで。自分がやりたいこと、子どもたちの未来につながる仕事をしたいと思い、新たな挑戦を決意しました」
実は木下さん、退職の前年に、狩猟免許を取得している。
「猟師の高齢化で、有害鳥獣が増えているという社会問題を知り、免許を取りました。いずれ自分で狩猟ができるようになれば、その肉は家族や仲間でありがたくいただけるし、皮も加工して革製品にできるんじゃないかな、と」
今年、2025年3月に台東分校を卒業した木下さん。5月には、東京・東小金井の高架下にある約6㎡のスペースを借り、「課題商店」という小さなショップをオープンした。扱うのは、店名がずばり表すように、“世の中の課題と向き合うアイテム”だ。
「有害鳥獣の革を使ったクロス、海洋プラスチックごみをアップサイクルしたアクセサリー、放置竹林の若竹を使ったメンマ。気になったブランドがあれば、電話したり、直接会いに行ったりして交渉。現在、6、7ブランドを扱っています」
セレクトした商品だけではなく、店頭には木下さん自らが手掛けたレザーアイテムも並ぶ。
「たとえば、床革を使った紙袋のようなバッグ。廃棄されてしまうことも多い床革ですが、その価格の手ごろさを生かして、気軽に使えるアイテムに仕立ててみました」
実店舗があることによって、実際の商品を手に取ってもらい、その背景にあるストーリーを伝えることができる。そうすれば、その課題はもはや他人事ではなく、一人ひとりが当事者になっていく。それが、木下さんの目指す先にある未来だ。
文=中村真紀
写真=江藤海彦