フットウェア部門
ベストプロダクト賞
革と西陣織の協奏靴
株式会社ネーカーズ
京都で千年の歴史をもつ先染めの紋織物、西陣織。この伝統工芸品と牛革を大胆に組み合わせたものが、三上良弘さんによる本作品。斬新なアイデアもさることながら、注目すべきはその丁寧な手仕事。発想力と技術力、その双方において高い評価を獲得し、今回の受賞に至った。
「工房があるこの周辺は、西陣織の織元が集まるエリア。知り合いに職人さんも多いので、以前から西陣織を使った靴をつくれないものかと、考えていたんです」
懸念点は強度だった。歩くことで全体の構造に負担がかかる靴は、革のようにしなやかで強靭な素材が向いている。織物である西陣織では、この使用環境に耐えられないだろうと、半ば諦めていたという。
「ヒントになったのが、10年以上前から製作を請け負っている障がい者用の靴でした」
三上さんが手がけているのは、なかでも子ども向けの靴。足首の力が弱い子が多いので、靴自体でしっかりと固定するような構造に仕立てるのだが、そのままでは靴ずれなどが起こりやすくなってしまう。そのため、踵付近の内部にはウレタン製の軟らかいスポンジ材を仕込むという。
「この踵のスポンジが、結果として甲革の負担を減らすことに気がついたんです。この構造なら、革に比べて強度が劣る西陣織の生地でも、靴の材料として成立するな、と」
しかし、そこには織物ならではの難しさがあったと、三上さんは続ける。
「釣り込んで底付けをする作業では、アッパーを引っ張って適度に伸ばす必要があります。この点、革は縦横斜め、基本的にどの方向にでも伸びるので、非常に作業がしやすい。でも、西陣織は縦糸と横糸から成る織物の特性上、斜め方向にしか伸びないんです」
そこで、三上さんはレザーと西陣織を、独自のカッティングで組み合わせた。
「足のカーブに合わせた曲線を出す必要のある箇所にはレザー、比較的平面状でデザインを見せたい部分には西陣織、という具合に配置しました。靴の内側と外側が非対称デザインになっているのはそのためです」
こうして西陣織を用いた靴の受注販売を始めた三上さん。2年前には趣味の登山やフルマラソンにこの西陣織靴を履いて挑み、実際の強度も実証済みだ。数年間を経て、満を持してレザーアワードに出品した本作品の織生地は、大き目の波模様が目を引く。
「最初は服とコーディネートしやすいようにと、小さめの柄を採用していたんです。でもある時、わりと大ぶりの紋柄を見かけたら、これが意外に良くって。今回も大きめの柄で、やわらかい印象の波柄をオーダーしてみました」
西陣織というと、伝統的な製作手法の印象がある。しかし三上さんによると、新たな試みにも非常に意欲的な織元が多いのだという。
「西陣織は伝統的には絹糸100%ですが、実はカーボンやリサイクルペットボトルを使った糸など、新素材への取り組みも盛ん。今回の作品に使った生地も、経糸は絹糸、横糸のうちシルバーに光っている部分は、発色のためポリエステルの金糸を使っています。ちなみに、靴ひもも西陣織です」
本作品、クラシカルな印象を与えるが、アッパーは実はスニーカーの構造。一方ソールは、紳士靴に使われるフォーマルな革底を採用している。
「生地が上がってきた時に、予想以上にフォーマルな雰囲気だったので、革底が合うかなと。結果、スニーカーと紳士靴を組み合わせた構造になりました」
こうした発想ができる背景には、三上さんがフォーマル紳士靴の世界からこの業界に入ったという経歴がある。
「大学生くらいから、革靴を履く機会が増えて。そのうち、『靴ぐらい、自分でつくれるんじゃない?』と、英語の本を見ながら見様見真似でつくってみたんです。当時の自分としては、その出来に大満足。通っていた大学のほど近く、大阪・梅田の製靴店に持ち込んで、本職の方に見てもらいました。そうしたら案の定、こんなん全然あかんやろ、と(笑)」
それが、後に三上さんが修業をすることになる、1921年創業のコバヤシ靴店だった。
「自作靴を見てくれたのが、四代目店主・福島陽三さん。非常に優しい親方で、大学卒業後に志願して、弟子にしてもらいました」
分業制の製靴業界、親方は釣り込み専門の底付け師だった。彼は、三上さんに底付けの技術を教えつつ、それ以外の工程を担当する他店にも勉強に行かせてくれたという。
「おかげで、靴づくりの全工程を学ぶことができました。14年働いたのちに、独立。暖簾分けしてもらい、京都に戻って『コバヤシ靴店 三上工房』を立ち上げたのが、2011年です」
現在の工房は、服の縫製職人だった三上さんの祖父が使用していた場所だという。
同時期に、会社組織である株式会社ネーカーズを起業。名称の由来は、「ネットワークを創り出す、“ネットワークメーカー”の略です」と、教えてくれた。現在は、オーダー紳士靴「コバヤシ靴店 三上工房」、障がい者用の特殊靴「TONE(トーン)」、受賞作品のような異業種とのコラボレーションによる靴「Tie a bond(タイ ア ボンド)」、さらには革や西陣織を使った筆記具「penmode(ペンモード)」という、4つものブランドを運営している。
「靴をつくり始めた若い頃は、曲線や縫い目の美しさに惹かれていました。でも、今はまったく違います。ひたすらお客さんのためにつくる。そういう感覚になっていますね」
なかでも、三上さんの靴づくりに大きな影響を与えたのは、西陣織の靴の商品化にもひと役買った、障がい者向けの特殊靴製作だったという。
「靴を納めた先のお子さんが、すごくうれしそうに『この靴を履いて、お出かけしたいな』って言ってくれたことがあって。『履きやすいです』とか、『きれいな靴ですね』って言われることはもちろんうれしい。でもその靴によって、何か具体的な行動を起こしたいって思ってくれたことに、本当に感動しました」
確かな技術力に裏打ちされた、血の通ったものづくり。だからこそ、彼の生み出す作品は、人々の心にあたたかな灯をともすのだ。
文=中村真紀
写真=江藤海彦