バッグ部門
ベストプロダクト賞
slit to stretch
Ken Shiina Design Laboratory
「伸縮する鞄がつくれないものかと、ずっと考えていました」
本作品製作のきっかけについて、椎名賢さんはそう切り出した。
「以前、レザージャケットでストレッチ性があるものを見たことがあって。でも、伸びるといってもかなり控えめ。限界があったんです」
もっと自在に、レザーを伸ばしたり縮ませたりすることはできないのか。考え続けてしばらくたった頃、ふと目に留まったのが、シロナガスクジラを描いた絵本だった。
「シロナガスクジラは、オキアミなどのエサを海水ごとガバーッと吸い込む時に、お腹が大きく膨らみます。なぜ膨らませることができるのかというと、お腹に縦方向のスリットが入っているから。見た瞬間に、これだ!と」
クジラからヒントを得た椎名さん、レザーにスリットを入れ、その裏に伸縮性のある別素材をあてがうという手法を思いつく。しかし、クジラのように縦スリットだけでは、一方向にしか伸びない。そんな時にネットで見かけたのが、カッティングの入った梱包用の緩衝材だった。
「商品の上からかぶせると、その形に沿って伸びて、ぴたっと固定されるというものです。このカッティングなら、縦横斜めに伸ばすことができる。この方法で、レザーをカットすることに決めました」
作成した型紙に沿って革に目打ちをし、それを目印に細心の注意を払ってひたすらカット。三角形の各辺の端だけをわずかにつなげておくという裁断は、非常に神経を使う作業である。こうしてカットした革は、伸縮性のある裏地と縫い合わせていく。選んだのは、ウエットスーツなどに使われる合成ゴム素材だ。
「中に物を入れた時の伸縮性を最大限に高めるため、縫製範囲は極力小さく。それぞれの三角形の中心に、さらにごく小さい三角形を描くような形で、ミシンでひと目ずつ縫い合わせました。ペダルは踏まずにすべて手回しで行ったので、もはや手縫いのような感覚ですね。でも、本当に手縫いでやろうとしたら、あらかじめ菱目でレザーに穴を開けておかなければならないので、手間がかかる。ミシンなら、針で穴を開けながら縫えるので、総合的な効率を考えてこの選択になりました」
しかし、ここで疑問が浮かんでくる。鞄の表面は、箔を施したレザーが美しい光沢を放っており、どこにもミシン目など見当たらない。
「実は、レザー部分は2層になっています。ウエット素材と下側のレザーを縫い合わせたあとに、全く同じ形にカットしたレザーを、上からもう1枚貼り合わせているんです」
たしかに、浮き上がったレザーの断面を注意深く見ると、接着面が確認できる。しかし、裁断面は見事に揃っており、説明を受けなければこの革が2枚から成るものだとは到底気がつかない。
この構造にしたことで、細かいカッティング作業を施す革が、表裏でそれぞれもう1枚必要になる。手数の増えるこの仕様を採用した理由について椎名さんは、「縫い目が見えたら、かっこ悪いじゃないですか」と、ひと言。「ちなみに、貼り合わせたのは床面(革の裏面)同士。三角形の端がめくれた時のことを考えて、そこは銀面(革の表面)が見えるようにしています」
仕上がりの美しさのための、はてしないこだわり。これこそ、彼のものづくりの真骨頂だ。
ものを入れた時の膨らみを楽しむために、あえてマチは設けていない。上部にはホックがあしらわれ、閉めることでさらに鞄の膨らみが強調される。箔仕上げのレザーの合間からは内側の鮮やかな青色が覗き、コントラストが実に美しい。
「今回の作品は、自分の得意なことを封印して、逆をやってみた結果なんです。僕が普段つくっているのは、カチッとした硬い鞄ばかりで、やわらかい鞄は正直苦手。それは、入れる荷物によって、せっかくの鞄のデザインに影響が出てしまうから。今回はあえて、『形が変わってもOK。むしろ、それによってかっこよく見える鞄をつくろう』というスタンスで作品づくりに挑んでみたんです」
実は、今回で通算5回目の受賞となる椎名さん。昨年も、ジビエレザーに金継ぎのような細工を施した斬新なトートバッグで、バッグ部門フューチャーデザイン賞を受賞している。それらの鞄づくりの背景には、レザーアワード応募作品だからこそ自分の殻を破ってみようという、彼なりの矜持が込められている。
椎名さんが手掛けるオリジナルブランド「KEN SHIINA」では、現在、新たなプロジェクトが進行中。それは、本来の味わいを生かしたワイルドな革を使ったハイエンドのバッグラインだ。
「ワイルドな素材を使っているブランドって、誤解を恐れずに言うと、つくりもちょっと大雑把なものが多い。僕はワイルドなレザーを使って、高級感のある商品をつくりたいんです」
またレザーの仕入れに関しても、おもしろいアイデアを教えてくれた。
「たとえばお腹の革であるベリーは、繊維質的には他よりも弱いけれども、軟らかいという利点がある。お尻のベンズは、強度がばつぐん。ショルダーは関節で動かす頻度が高い部位なので、天然由来の風合いが特徴です」
これらの個性を生かすために、部位ごとに裁断。そしてそれぞれに異なる仕上げをしてほしいと、タンナーに相談しているというのだ。
「従来の裁断方法とは異なるので、手間がかかる。それに部位ごとに分けてしまうと、不人気部位だけ売れ残るという心配も。なので、僕が責任をもって一頭分買うのでやってくれないかと、交渉をしているところです。よくある、焼肉屋さんの一頭買い、みたいなイメージですね」
頭の中にある最高のアイデアを、既存の枠を越えて実現しようとするエネルギー。この行動力こそが、これからのレザー業界を変えていくのかもしれない。
文=中村真紀
写真=江藤海彦