バッグ部門
ベストプロダクト賞
トートバッグ
&6
「新しい作品に取り組むときは、まず床革でサンプルをつくるんです。そのときに、革をつまんだりひねったりしていたら、あれ、この形はおもしろいぞ、って」
今回の作品が生まれたきっかけについて、平田さんはそう話す。
上部四隅を外側に折り返して留めることで立体的なカーブを生み出し、それをデザインとして成立させた。ホックを外せば、オーソドックスなトートバッグの形態となり、容量を増やすことができる“変身する鞄”だ。ビジュアルのおもしろさと機能美とを両立させた点にこそ、この作品の妙がある。
「そもそもは、自分のブランド「&6(アンドムー)の商品として半年ほど前につくったもの。それをベースにブラッシュアップして、今回レザーアワードに出品しました」
もっとも苦労したのは、見返し部分の仕立て。目につきにくいパーツではあるが、細かいディテールの美しさにもこだわりたかったのだという。
「内部に革の帯を通しているんですが、最初はその段差が浮き上がって外から見えてしまう状態だったんです。革のすき具合を調整したり、革同士が同じ場所で重ならないようにしたり、いろいろと試行錯誤しました」
素材には、国産プルアップレザーを採用。一般的なオイルレザーよりも多くのオイルを用い、革の芯まで浸透させてあることが特徴だ。
「初めて見たときに、この透明感に驚きました。表面に薄く水の膜が張っているかのような繊細さと、レザーならではの深い味わいが同居する、独特の質感なんですよね」
平田さんのものづくり人生の始まりは、高校のインテリア科で学んだ家具制作。その後、大学では建築を専攻した。
「卒業してから数年は、設計事務所でアルバイト。しばらくして印刷会社に就職し、主に商品パッケージなどを手がける、紙器設計を担当していました」
革ジャンが好きだったこともあり、もともとレザーに興味はあった。印刷会社で働く傍ら、独学で鞄づくりをスタート。やがて教室に通って基礎を学んだのち、レザー業界に転職。アトリエやメーカーなど、さまざまな規模の会社で革製品づくりに携わってきた。
「2019年に、東京から千葉に移住。そして昨年、自宅の一角を工房として、念願だったオリジナルブランドを立ち上げました」
木の実や果物など、自然の造形をデザインのヒントにすることも多いという平田さん。だからこそ彼のつくり出すバッグは、今作に限らずカーブを描くものが多い。
「でも、有機的な曲線であればなんでもいい、というわけではないんです。スーパーに買いものに行っても、このみかんのシルエットはいいけど、こっちはいまいち、なんて、無意識に考えちゃっていますね(笑)」
ただ曲線で構成するということは、直線的なバッグに比べると容量が減ってしまうという機能的なデメリットを避けては通れない。
「一度思い切って大容量のバッグに挑戦してみたいと思ったことも、今回のトートバッグ制作のきっかけのひとつでした」
&6は、奥様の麻吏奈(まりな)さんと共同で運営するブランドだ。彼女が手がけるのは、真鍮やシルバーを使ったアクセサリー。ゆくゆくは、平田さんがつくったバッグに、オリジナルデザインの金具を組み合わせるなど、コラボレーションも考えていると話す。
「変わった読み方をするブランド名だねって、よく言われるんですけど、これは一緒に暮らしているペットたちが由来。犬の『むく』、猫の『むに』、それと、亡くなっちゃったんですが、もう一匹『むむ』っていう猫がいて。みんな『む』がつくので、それを数字の『6』にかけて、妻がネーミングしたものです」
家族4人がいてこその、唯一無二のものづくり。&6の冒険は、始まったばかりだ。
文=中村 真紀
写真=江藤 海彦