フットウェア部門
ベストプロダクト賞
擬態
西野靴店
「昔、ソールをザクザクにカットした靴を見たことがあったんです。不自然な感じが、かっこいいなぁって」
当時まだ会社勤めをしていたという西野さん。自身が靴づくりを始めてしばらくたったころ、印象的だったこの靴のことを思い出した。
「切り株みたいなソールだったので、アッパーも木みたいな雰囲気にしたらおもしろいかな、と。そこから誕生したのが、今回の作品です」
しかし、既製品の木目プリントでは芸がない。国産の白ヌメ革を、オリジナルで染色することを選んだ。
「染める作業は、妻にお願いしました。バイクのペイントなどをしているので、着色は本業。センスも抜群なんで、全幅の信頼をおいています」
実際に、染色作業を見せてもらった。いくつかの異なる茶系染料を筆に含ませると、迷いなく革の表面を縦に滑らせる。あっという間に、ナチュラルな木目模様が姿を現した。
「アッパーのパーツによって、濃淡を少し変化させています」
奥様の恵子さんが教えてくれる。なるほど、その絶妙な色加減があるからこそ、この靴独特の奥深い表情が生まれるのだ。
デザインは、男女問わず履きやすいシンプルなスリッポンスタイル。靴底を、縫い糸が露出しないヒドゥンチャネル製法で仕上げている。
「糸を見せないことで、自然物である樹木により近づけようと考えました。その一方で、糸を収める溝を少し浅めにして、凹凸がソールに少し浮き上がるように。糸そのものは見えないながらも存在は感じる、絶妙なバランスを狙いました」
10回以上の転職を繰り返すも、31歳までは会社員として働いていた西野さん。靴づくりを始めたのは、20代中盤のころだ。
「激務すぎて、精神的にもちょっと参っていて。そのときに、靴づくりの教室に通うようになったんです」
靴を選んだ理由を聞くと、難しいことにあえて挑戦してみたかったのだと話す。
「たとえば財布は、平面で構成されているからある程度つくり方が想像できる。でも、靴って立体じゃないですか。どうやったらできるのか、全然わからない。そのわからなさがおもしろいと思ったんです」
その後は会社員を続けながら、帰宅後に靴づくりに励む日々。そうして2014年、広島駅そばに「西野靴店」をオープンした。
「当初は、修理をメインに商売を始めました。ばらしては、直して。そうすると、どんどん靴の構造のことがわかってくるんですよね」
しばらくは、修理の仕事と並行して、趣味的に靴をつくっていたという。一般向けに受注をとり始めたのは、ここ1年ほどだ。
「コロナ禍になって、ちょっと時間ができて。それで本腰を入れてつくり始めたんです。ちょうどそのころ、展示会に出ないかと誘われたこともあって。オリジナル商品として、7種類のデザインを仕上げました」
一人ひとりのお客さんの足を計測し、フルオーダーメイドで制作。こうして本格的に、西野靴店の“靴づくり部門”が稼働を始めた。
技術には、自信がある。修理も、制作も、俺が一番うまいに決まっている。西野さんは満面の笑顔でそう言った。
「いや、そういうふうに言えないとだめだろうって。この仕事を始めたときから、そう思っていました。実際、他のところで手に負えない修理品が、うちに来ることもよくある。それくらいじゃなきゃ、本当にすごい人にはなれないでしょ」
そんな彼が描く未来とは? 最後に野望を聞いてみた。
「靴はもちろん続けていきたいですけど、家具も好きで。レザー張りの椅子とか、いいですよね。デザインしてみたい。真鍮を扱うアーティストの友達がいるから、コラボレーションもいいかも。あ、それ、絶対おもしろい」
楽しい人からは、きっと楽しい作品しか生まれない。そんな人が増えれば、きっと世界はもっと楽しくなるに違いないのだ。
文=中村 真紀
写真=江藤 海彦