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フューチャーデザイン賞
Memory of PAM
個人
一見すると、今にも動き出しそうなリアルな造形。上目遣いにこちらを見つめるのは、4年前に11歳でこの世を去った野沢さんの愛犬、パグのPAMだ。
「亡くなって少し経ったころから、レザーでPAMをつくりたいという想いを温めていたんです。中にオルゴールを仕込みたいという構想も、初期段階からありました」
立体作品となれば当然、リアルなフォルムをもって視覚に訴えかける。加えて、手に抱いたときに感じる、触覚。そこに、PAMと過ごしたころによく聴いていた流行歌のオルゴールを組み合わせることで、聴覚にも訴えかけるというのがコンセプトだ。
製造工程としては、革を積層させ、削る。これを繰り返すことによって、形をつくり上げている。
「万が一削り過ぎてしまっても、革素材なら、再度貼り重ねて切削をやり直すことが可能。やわらかい素材なので、木に比べて削りやすい点も魅力です」
最終的に、表面に毛皮をかぶせて、着色。こうすることで、顔周りや首筋のリアルなしわを実現した。しかし気になるのは、背中の一部に、毛皮ではなくヌメ革を使用している点だ。
「あえて不自然なビジュアルにすることによって、PAMがすでにこの世にはいないという不完全性を表現しています」
愛犬が健在なうちに毛を集めておけば、それを使ってリアリティを追求するという真逆のアプローチも可能だと、野沢さんの探求心は尽きない。
せっかくオルゴールを組み込むなら、音の響きにもこだわりたかったと語る。
「いろいろと研究した結果、下部の外周を少し持ち上げることで内部にスペースをつくり、それによって音の反響を良くすることに成功しました」
肝心のオルゴールのスイッチはというと、前脚の前に伸びた紐。先端に取り付けられたのは、PAMの好物だった“焼き芋”を模したもので、これを引くことで音楽が流れる仕組みだ。
「オルゴール本体、底部分の安定のために使用した木枠以外、ほとんどの材料はレザー。ただ、目玉のベースや爪部分には、レジンを使っています」
これは、自身の本職である歯科治療で多用する素材。このあたりの発想の自由さが、彼のものづくりの醍醐味でもある。
歯科開業医として、自らの医院を持ったのが1997年。その後2010年ごろから、余暇の時間でものづくりを始めた野沢さん。
「最初につくったのは、時計のベルトでした。自分の好みに合わせてベルト部分をカスタマイズしている人がいるのを知って、自分もやってみたいなと」
商品をばらして、その構造を確認。この手法でさまざまなアイテムを研究し、財布、バッグなど、これまですべて独学、ミシンは使わずに手縫いで手づくりしてきた。
「制作の基礎を一方的に教えてもらっただけでは、アイデアに限界が出てきてしまうと思うんです。僕の場合は、まず『こんなものがあったらおもしろいよね』というところから発想をふくらませることが多いですね」
2016年からレザーアワードに出品を続けている野沢さん。複数作品出品した年もあったこともあり、今回の応募で実に16作品目になるという。
「審査してくださる方のバックグラウンドもさまざまなので、新鮮な意見がいただけるのが楽しいです」
今後に向けても、挑戦してみたい作品の構想はすでにいくつかあると話す。
「来年度用には、バッグのアイデアを用意しています。でも、最終的に一番つくってみたいと思っているのは、椅子。若いころから椅子が好きで、倉庫にコレクションが数十脚と眠っているんですよ」
発想も工程も、枠にとらわれない唯一無二のものづくり。これからもどんな夢ある逸品が生み出されるのか、楽しみでならない。
文=中村 真紀
写真=江藤 海彦