バッグ部門
フューチャーデザイン賞
have roots
OFFcoast
「2年ほど前でしょうか、自分のルーツをたどる旅に出ようと思ったんです」
受賞作品「have roots」の制作背景について、多田さんはそう切り出した。家庭の事情で、幼いころに疎遠になってしまった祖父母。若いころは蓋をしていたその関係性に、30代となったいま、改めて向き合おうと思ったのだという。
「6歳くらいの記憶をたどって、祖父母が住んでいた団地を目指すことにしました。この電車、このバス、この停留所だった気がする、って。意外に覚えているもので、ちゃんとたどり着けたんです」
しかし、そこはすでに空き家となっていた。
「直感的に、あ、おばあちゃん亡くなったんだな、って。でも、その事実がわかったことで、自分の中ですごくすっきりするものがありました」
忘れていた記憶。思い出した事実。そして現実。どんなに平坦に見える人生でも、そこに至るまでさまざまなアップダウンがある。いまの自分を形づくってきたそんな物語を、デザインで表現したのがこのバッグだ。「ルーツを自ら持ち歩く」、それが本作品のコンセプトだと話す。
「素材に選んだ牛革は、0.7mmまですいてもらいました。理想的なボコボコ感を表現するためには、この薄さが必要だったんです」
凹凸部分の型紙はつくらず、直感で裁断、縫製。しかも、使っているのは洋服用の直線ミシンのみだというから驚く。
「新聞は、昭和3年の大阪朝日。知り合いが保管していたものを譲り受けました。これを、『過去』を象徴するアイテムとして作品に組み込んでいます」
結果、デザイン的にもすばらしいアクセントとして成立している。
2年前に、自身のブランド「OFFcoast」を立ち上げた多田さん。しかし、工房だという場所を訪れると、そこには飲食店のメニューも。少々、理解が追いつかない。
「8年前までは、出身地である大阪在住。アパレルブランドのテイラールームでミシンを踏んでいました。そのときに友人から、『岡山で一緒に飲食店をやらない?』と、声をかけられて。店の奥に工房をつけてもいいというので、まんまと話に乗ってしまいました(笑)」
そして2016年、岡山県・児島に移住。友人との共同経営で、カフェ&いか焼き店、兼工房「C2C」をオープンした。
「いか焼きは友人の発案だったんですが、結果、これが大正解。注文から1分くらいで焼きあがるので、接客後すぐに工房作業に戻れる。両立するには最適なメニューでしたね」
工房を持ったといっても、当時オーダーを受けていたのは、裾上げなど洋服のリフォームのみ。本格的にレザーに興味をもったのは、ほんの5年ほど前だと話す。
「毎年11月に開催されている、『姫路城皮革フェスティバル』というイベントに出かけて。そこで、受賞作のレザーも提供してもらったタンナー、ヒライコーポレーションの方と出会ったのが始まりですね」
レザーに触れるようになり、すぐにその奥深さに魅了された。
「カットする、縫う、という各作業をとってみても、布とはまったく違う。断面にまで気を使わなくちゃいけなかったり、そういう手のかかるところが、逆におもしろかったんです」
その後、本格的にバッグ制作をスタート。2022年に、オリジナルブランド「OFFcoast」を立ち上げたというわけだ。
「オンラインで受注も受けていますが、やっぱりイベントなどで直接お話して買ってくれたお客さんが多いです。自分自身、ストーリー性のあるアイテムが好きなので、それを地道に伝えていきたい。そこに共感してもらえるのが一番うれしいですね」
皮革素材の生産現場にも足を運び、学びを深めているという多田さん。副産物である皮革素材が生まれる工程について、ときにはお客さんに対してもじっくり話をするのだという。
「普段は革製品を持たないビーガンの知り合いが、あるときうちのバッグを買ってくれたんです。理由を聞いたら、勉強したうえでレザーを使っている私を信用できたから、って。本当にうれしかったですね」
泥臭くも、手触り感のあるコミュニケーション。そこから今後は、どんな物語が生まれるのか。小説の新刊を待つような高揚が抑えられない。
文=中村 真紀
写真=江藤 海彦