フットウェア部門
フューチャーデザイン賞
shed sneaker
個人
「脱皮するスニーカー」。フットウェア部門・フューチャーデザイン賞に輝いた猪俣真さんの作品は、まずそのタイトルからして興味を惹かれる。
「再生レザーを使用した表面がはがれるにつれ、中に隠されたウィングチップの革靴が現れるという仕掛けです」
一見すると、ナチュラルなプレーントゥ。ソールにはゴムを使い、スニーカーのようなカジュアルな雰囲気に仕上げている。ダメージ加工を施したその裂け目からは、なるほど、わずかながらクラシックな紳士靴がその顔をのぞかせている。
「時代的に、環境に配慮したものづくりというテーマを皆さん意識していますよね。それもあって最近は、『再生レザー』に注目が集まることがすごく多い。レザーの加工工程で粉状になった革を、樹脂と一緒に固めたものです。でも、じつは革そのものが立派な副産物、それ自体ですでにエコな素材だということを伝えたかったんです」
食肉加工の際に出る皮を、なめすことで革に加工し、ありがたく利用する。その一連の流れに改めてスポットを当てたい、というのがこの作品のコンセプトだ。
「中は、ソールまでちゃんと革底にしていて。本当に一足の靴をそのまま中に仕込んでいるようなイメージです」
猪俣さんが勤めるサンダー商事は、55年の歴史をもつ紳士靴メーカー。ドレススタイルやビジネスシーンなどに合う、フォーマルシューズをメインに製造している。
「最近はスニーカー人気のほうが高いけれど、革靴もたいせつにしてほしい。そんな想いも込めました」
猪俣さん自身、最初に興味をもった靴はスニーカー。中学生のころ、ちょうどNIKEのエアマックスが一大ブームとなり、スニーカーの絵ばかり描いていたという。
「最初は絵描きになりたかったんです。でも次第に、実際にものをつくるおもしろさに気づき始めた。工業高校を卒業して、18歳でいまの会社に入社しました」
じつは猪俣さん、入社直後に2年連続でコンテストに入賞している。台東区が主催のイベントだったという。
「そのときはスニーカーを出品したんですけど、以来20年コンテストには参加していなくて。久しぶりに自分の腕を試してみたいという気持ちもあり、会社名ではなく、あえて個人として応募しました」
就職時にスニーカーメーカーを選ばなかったのは、製靴を基本から学びたかったから。そうして靴づくりの技術をしっかりと身につけたうえでつくりあげたのが、今回の“スニーカーに包まれた紳士靴”だったというわけだ。
「中に靴がもう一足隠れているということが、ぱっと見ではわからないようにしたかったんです」
そのため、ウィングチップのパーツを一枚一枚再生レザーでくるんで縫製。それを組み立てるという手間をかけている。
「材料は、仕事でも日本の革を使うことが多いです。仕上げののり方もきれいだし、縫製作業をおこなう際にも扱いやすいんですよね」
今回のウィングチップには牛のオイルレザーを使ったことで、予想していなかったおもしろい効果も見られたという。油をたっぷり含んだ革のため、それが徐々に再生レザーに染み出し、独特の味わいとなったのだ。
ウィングチップの凹凸が、表面に浮き出るという変化もあり、これからさらにどうなっていくかが楽しみだと猪俣さん。再生レザー提供元の担当者も、斬新な使い方に驚きつつ、受賞を心から喜んでくれたという。
「一足の靴ではあるんですけど、ちょっとアート作品みたいな感じで捉えていて。僕、車が好きなんですけど、何十年もガレージの奥で眠っていた旧車が出てくるとか、あるじゃないですか。いずれ中の革靴が現れた時に、そんな雰囲気になってたらいいな、なんて思っています」
文=中村真紀
写真=江藤海彦