フットウェア部門
ベストプロダクト賞
ローカルシューズ2
宮城興業 株式会社
磨き込まれてつやつやと光る革靴。その色は、橙よりも若干黄みがかっており、日に当たると太陽のようにまぶしく輝く。つくりは堅牢なるグッドイヤーウェルト製法。ドレッシーなストレートチップシューズである。
つくり手は、山形に本社を構える老舗の革靴メーカー・宮城興業に勤務する益子実佳さん。靴づくりをおぼえた入社1年目から「レザーアワード」への応募を始め、昨年からは地元山形の素材を使った「ローカルシューズ」シリーズの制作に着手。その第2弾となる「ローカルシューズ2」が、みごとグランプリに選出された。通算5度目の出品だった。
益子さんの創作の出発点は、「自分が履きたいと思える革靴をつくりたい」というシンプルなものだった。
「もともと革靴が好きなのですが、既製品のワークブーツを気に入ったとしても、女性向けのサイズがないことが多くて。だったら自分でつくろうということで、スタートは自己満足の部分が大きかったです」
幸い若手の育成に力を入れている宮城興業では、社長が靴づくりをパターンから個別指導することもめずらしくなかった。また、益子さん評するところの「革靴マニア」である先輩たちが、労を惜しまず知識や技術を授けてくれた。そうしているうちに、「靴をつくることがどんどん楽しくなってきました」。偶然知った「レザーアワード」の存在も、モチベーションを一層高めてくれた。
その楽しさをキープしつつ、他者を意識してつくり始めたのが「ローカルシューズ」シリーズだ。地元の材料を使い、「山形を離れた人にふるさとを思い出してもらえる革靴」を目指した。東京暮らしの経験がある益子さんならではの発想である。
素材としては、特別に譲り受けた山形牛の皮をなめして使用しており、今作ではその革を観賞用の紅花の染料で見事に染め上げた。
「趣味で紅花染料を使ったハンカチ染め教室で習ったときに、手がきれいな色に染まり、この染料で革を染めてみようというアイデアが浮かびました。裁断前に革を染料に漬け込むほか、吊り込みなどの各工程で何度か色を重ねています。紅花は2種の色素があり、私自身はピンクっぽいままでいいように思ったのですが、周りから『もっと黄色を濃くした方がいい』と言われ、今の色になりました。この色で正解でしたね」
もちろん、ベースとなる靴のつくりも確かである。宮城興業で代々受け継がれる製法を守っており、たとえば履き口はくるぶしの位置に即して外側の方が低くなっている。足の構造を考え抜いてつくるという社の哲学を作品に落とし込みつつオリジナリティーを加味している格好だ。
また、コロナ禍における計画休業の際、社内で開かれたスキルアップ講座に参加したことも効果的だった。
「先輩たちが講師となり、いろいろな講座を開いてくれました。受賞作では、そこで学んだ鏡面磨きとパティーヌという染色技法を活かし、光沢のある仕上げにしました」
まだ見ぬユーザーの顔を想像し、同僚の助言に耳を傾ける。自己満足から始まった靴づくりは、客観的な視座を獲得してその完成度を大きく飛躍させた。
山形の風景を心に抱きつつ別の街で暮らす人が自分の作品を履くことを想像すると、「喜びの極みですね」と、笑顔の花を咲かせる益子さん。この作品は、きっと地元の人々にも誇りを感じさせてくれるだろう。素材の使い方のみならず、郷土への思いも持続可能にしてくれる一足である。
栄えあるグランプリを受賞した益子さんだが、現在はどのような未来予想図を描いているのだろうか。
「私はこの会社が好きなので、しばらくはここで腕を磨きたいです。先輩から受ける技術面の指導は厳しくもありますが、実際に試してみるとどれも理に適っているので、社のみなさんをとても尊敬しています」
独立への関心は希薄だが、「社長が宮城興業内での益子ブランドの立ち上げを考えてくださっているので、お話の流れによっては面白いことができそうです」。
今後も地元山形に根を張りつつ、肩肘は張らずに創作に打ち込むという益子さん。「今回は真面目な作品だったので、次作は思い切り趣味に走ります!」と、高らかに宣言するのだった。
文=吉田勉
写真=加藤史人