審査員長特別賞
(持続可能なデザイン)
One Leather, One Cord
Ken Shiina Design Laboratory
神戸芸術工科大学ファッションデザイン学科の非常勤講師として働きながら、レザーバッグ手づくり教室「カザグルマ鞄教室」を主催する椎名賢さん。受賞作のアイデアは、自宅の引っ越しを通して思いついたものだという。
「子どもが生まれ、子育てに適した環境を求めて引越しを決意しました。でも実際に家探しを始めてみると、思いのほか苦労した。というのも、我が家は居住スペースのほか、複数あるミシンや重機が置ける、工房と教室のためのスペースが必要なんです。でも、そんな都合の良い物件にはなかなか出合えなくて。途方に暮れていた時にふと、今までの環境は当たり前じゃなかったんだ、と気づいたんです。この道具が全部なくなったとしても、自分は鞄づくりができるのか、と。ちょっと怖くなっちゃったんですよね」
そこで考えたのが、道具を極力使わないバックパック。作品タイトル通り、一枚の革と一本の紐のみによる鞄づくりに挑戦することにした。
さっそく、懇意にしているタンナー、セナレザーに相談。通常は半裁で流通しているステアを、ほぼ丸革で特注した。さらにそれを、従来のようなパーツごとの型紙で切り離さず、一枚の展開図としてデザインしたのだ。
「僕の本来の強みは、ミシンの使い方、コバの処理、そして完成形の立体をイメージしながら平面である型紙へと落とし込む発想力。今回はあえて、それらの得意技をすべて封印しました」
そのため、制作の手順は通常とは真逆となった。
「いつもはまずデザイン画を起こして、立体をイメージしてから、それを型紙に展開していました。でも、今回はこれじゃできへんわ、と。発想を逆転させて、平面の状態の革を立ち上げ、そこから立体をつくりあげていく方法に切り替えました」
ミシンも金具も接着剤も使わないと決めていた椎名さん。使用した道具はカッターとポンチ、ハンマーの3種だけだ。そのため、細かい処理もすべて一から考えた。
「例えば、通常ミシンで縫製する縦ラインの部分は、凹凸にカットした革を交互に重ね合わせて強度を出すことで、ずれを防止。上部は、紐を使った巾着仕立てに。蓋を閉める部分は、革紐を結んで玉状にしたものを、ギボシ留め※風に使った。ハーネスと本体は、もやい結びで繋いでいます」
ギボシボタンとも言う。通常、革の切れ目に金具の突起を差し込んで留めます。その名前の由来は、寺社仏閣の高欄などの柱に見られる飾り「擬宝珠(ぎぼし)」に形が似ているからだと言われています。
あえて、不自由な中でどこまでできるか、に挑んだ椎名さん。実は本来、道具や機械を使っての鞄制作が大好きだという。神戸芸術工科大学卒業後、レザーの産地である姫路の鞄教室で、5年間バッグ制作を勉強。その後、鞄のオーダーメイド制作・販売を経験し、2012年に「Ken Shiina Design Laboratory」を立ち上げた。
「今回の作品では、『究極の持続可能なデザイン』を目指しました。でも道具を使ってつくることも、結局は極めて持続可能な生産活動だと思うんです。機械を扱う技術さえ覚えれば、誰がつくってもある程度同じクオリティのものができあがりますから。今回はまったく逆のことをしましたけどね(笑)」
大学時代にプロダクトデザインを学んだ経験から、「物づくりにおいては、再現性があって当たり前」というのが彼の考え方。機械があるからこそ、違う人間でも同じものが生み出せる。道具はそのための必然であり、改めて道具の力も再認識したという。
文=土井真由美(CLIP)
写真=鈴木康浩
そんな椎名さんの、次なる作品はなんなのか。
「次回は、自分の得意を盛りだくさんに詰め込んだ鞄で応募しようと、今から構想を練っています。得意のコバの処理も、バチバチにやりますよ。期待していてください」
早くも次のレザーアワードへの意欲を語るその表情は、笑顔にあふれていた。来年の椎名さんも、また楽しみだ。
文=土井真由美(CLIP)
写真=鈴木康浩