バッグ部門
フューチャーデザイン賞
寄革
個人
「私はあくまで、趣味で制作している素人ですから」
話を聞き進めるなかで、牛島淳さんは何度もそんな言葉を口にする。会社員生活のかたわら、革製品をつくり続けてじつに30年以上。バッグのほか、財布、パスケース、手帳やブックカバーなど、自宅兼工房は過去の作品で賑やかにあふれている。
「学校を卒業してすぐに勤めた会社が、家具屋さんで。革張りのソファの横に飾ってあったサンプルレザーを、廃番になったときに譲ってもらったんです。それを使って鞄をつくったのが最初ですね」
大学では、工業意匠を専攻。幼いころから機械いじりが好きで、ものづくりの道に進もうと考えていた。
「でも、入社した家具屋さんで配属されたのは経理(笑)。まあ、何事も経験だと思ってやっていましたけどね」
革製品の制作技術は、すべて独学。インターネットがいまほど普及していなかったということもあり、本を読み、ひたすら手を動かすことで腕をみがいてきたという。
「当時のレザー製品って、いま以上に高価で。サラリーマンの給料でぽんと買える価格帯はなかなかなかった。ならば、自分でつくってしまおうと」
今回、バッグ部門のフューチャーデザイン賞を受賞した「寄革」は、その名の通り、革のパーツを寄せ合わせることで完成させた鞄。底の部分を除けば、持ち手を含めたすべてが、40×390㎜の革で構成されている。
「木工で、『寄木』という技法がありますよね。小さな木のパーツを集めて、ひとつに加工する。そのアイデアを取り入れたのが、この鞄です」
使用したのは、牛のヌメ革。これをあえてパッチワークで縫い合わせたのには理由がある。
「本当に質のいい革が大判で手に入れば、それは一枚革として鞄にすれば当然かっこいい。でも、そういう材料はどうしても高価になるし、そもそも僕たちのような素人が入手するのはなかなか難しいんです」
そこで牛島さんはコンパクトなサイズの革や、一部傷の入った革から、小さなパーツを切り出した。それを縫い合わせることによって、トータルとしては良質な材料を使ったひとつの作品として仕上がる。そうすることで、一枚革の一流品とも戦えるのではないかと考えたのだ。
「今回使った革は1種類だけですが、色やなめし方の違う材料を用いて、もっとデザイン性を出してもいい。あえて厚みの違う革を使って、断面を見せるような意匠もおもしろいかもしれません」
応募作品の制作にあたっては、先にふたつ試作品を制作している。最初はひとまわり大きなサイズとしたが、
「今回のサイズなら、一般に広く流通しているA3サイズの切り革が2枚あればできちゃう。そういった普及のしやすさという面にも配慮しました」
この設計で同じような作品をつくる人が出てきて、仲間が増えたらうれしいです、と牛島さんはおおらかだ。しかしそこには、革業界に対するひとつの想いがある。
「手間のかかる商品ですが、もしプロダクトとして生産されることになったら、小判の革や傷の入ったB、Cランクの革の価値が上がる。そうすれば廃棄される材料も減って、革の流通価格は下がる。革の普及に、ひと役買えるんじゃないかな、と」
あくまで私の想像の範囲ですけど、と牛島さんは笑う。さらには傷が入った部分もあえて利用して、それを生かした加工をすることも、レザー製品の可能性を広げるのではないかと考えている。
「じつは、自分のブランドを立ち上げたいと、10年以上前から考えていて。工房の名前も決めてるんです」
「趣味で制作する素人」という殻を、いよいよ脱ぎ捨てようという愚直なクラフトマン。業界に一体どんな新しい風を吹かせてくれるのか、今後の展開が待ち遠しい。
文=中村真紀
写真=江藤海彦