フットウェア部門
フューチャーデザイン賞
シルバーシューズ
藤原化工株式会社
「うちの販売先のひとつに老人ホームがあるのですが、そこでいろいろと現場の意見を聞くことがあって。既存商品にその意見を反映、進化させることで今回の作品に仕上げました」
シニア向けのシューフィッター資格をもつ藤原さん。自身の知識と生の声、さらに藤原化工が誇る靴づくりのノウハウを結集させて誕生したのが、この「シルバーシューズ」なのだ。
まず特徴的なのが、踵の形状。かがむことが難しく、靴ベラも使用しない高齢者でも簡単に履けるよう、足を滑り込ませやすいデザインとなっている。また甲のベルトに指をかけて引っ張ると側面のゴム素材が伸び、これもスムーズな着脱のサポートとなる仕掛けだ。
「アッパーのレザーにはやわらかい素材を選んでいるので、長年使用することで次第にご自身の足の形に合ってきます」
特に注目したいのは、藤原化工の技術だからこそできる、繊細なソール加工だ。
「接地面を広くして安定性を上げる一方、つま先と踵は、底面を削って一般靴よりも上げています。こうすることで、つまずくことを極力防ぎ、快適な足運びを可能にしました」
通常は平面である中底の形状が、立体成型になっている点も見逃せない。
「足の自然な形状にやさしく寄り添いつつも、土踏まずのアーチにぴったりと合わせすぎず、程よい余裕をもたせることがポイント。一方、踵部分はしっかりと足をホールドする構造にすることで抜けづらく、歩きやすい仕様になっています」
さらに、靴底本体は衝撃を吸収するためのやわらかい素材、足が直接あたる表面部分は硬くするという工夫もなされている。
「やわらかい中底って、履きやすそうなイメージをもつかもしれませんが、じつは逆。砂浜を歩くことを想像してみてください。足がとられてしまいますよね。畳や床といった硬い面の上のほうが歩きやすいのと同じ理屈です」
この靴の秘密は、これだけではない。中底を取り外すと表れるのは丸い穴。ここに追跡可能なGPSチップを入れておけば、履いている人の行く先を安心して見守ることができるのだ。
「うちはもともと加工底メーカー。ソール部分に穴を開けたりするのは得意分野なんです」
分業が一般的である、長田の靴づくり。藤原化工は1957年の創業以来、職人が手作業でソールをつくり続けてきた。ソールの製造方法としては、型に樹脂を流し込む「成型底」のほうが量産には向いている。しかし、手作業でつくる「加工底」であればこそ、足の形を考慮した立体的な調整やオーダーに合わせた加工が可能。トップアスリートが愛用するシューズの加工も多数請け負うというこの高い技術力があってこそ、今回の作品が誕生したともいえるのだ。
ちなみに作品名の「シルバーシューズ」は、カラーリングと対象世代の呼称をかけたものだが、「シルバーは既存商品でも人気カラー。近年のシニア世代は皆さんとてもおしゃれで、ひと昔前の介護靴のようなブラウンなんかは、あまり売れないんですよ」と藤原さんは言う。
藤原さんの祖父が創業した、藤原化工。ソールメーカーとしての主業は継続しつつ、15年ほど前にはオリジナル靴ブランド「…AshiOtO(アシオト)」を立ち上げた。今回の作品の前身となったシニア用シューズも、このブランドの商品だ。
じつは藤原さん、大学卒業時には、一度外部の企業に就職している。
「やっぱり、一度外に出てみたくって。靴とはまったく関係ない、店舗什器設計の仕事をしていました。でも3年で辞めて、そこから藤原化工に入社。ちょうどそのころ『…AshiOtO』が立ちあがったんですよね。それによって、エンドユーザーの方たちに直接お会いする機会ができたので、非常にありがたいタイミングでした」
レディースからスタートし、4年ほど前からはメンズラインも誕生。コンセプトは、素材としての革の特徴を最大限に生かした「どんどん足馴染みがよくなっていく靴」だ。
現在は本社店舗のほか、兵庫県内のセレクトショップや、オンライン、加えて百貨店の催事などで販売をしている「…AshiOtO」。今後は実店舗のスペースを利用して、レザークラフトなどのワークショップにも力を入れていきたいと藤原さんは話す。
「レザー業界、靴業界を、とにかく盛り上げたいんです。タンナーさんは減少傾向にあるし、神戸の靴づくりの歴史についても、まったく知らないっていう若い子が多い。そういう層を啓蒙していくためには、『モノ売り』だけでなく『コト売り』をしてくことが不可欠、そう感じています」
直接触れて、体験してもらうからこそ伝わる、ものづくりのすばらしさ。この魅力をいま一度広めていくべく、藤原さんの頭の中は色とりどりの計画であふれている。
文=中村真紀
写真=江藤海彦