アーティスティックデザイン賞
赤色小札黄銅鋲背嚢具足
(あかいろこざねおうどうびょう
はいのうぐそく)
株式会社村瀬鞄行
ベースはランドセル。かぶせには甲冑に使う小札(こざね)を模した革のパーツが連なり、大マチは鬼瓦風・船箪笥風の模様がにぎやかしい。四方八方、どこから眺めても和の要素に溢れている。作品名は、「赤色小札黄銅鋲背嚢具足」。赤色の小札と真鍮の鋲を用いた背嚢(はいのう)、という意味だ。
「そもそもランドセルは日本独自のものなので、和テイストの装飾が合うだろうというイメージがあり、伝統的なデザインを組み合わせてかっこいい作品にしようと思いました」
そう話すのは、村瀬鞄行の営業部生産課主任であり、鞄技術認定(皮革部門)1級を所持する岡田憲樹さん。同社のフラッグシップモデルである「匠」シリーズを土台に今作を完成させた。
甲冑のイメージを担うかぶせには、コードバンの端切れ革を使用。かぶせと錠前をつなぐベロ引っ張り部分のかたちを組み合わせ、芯材を貼り付けてからアメ豚革で挟み、一枚革に鋲を打ちつけて留めている。
「ランドセルをつくる際に使うコードバンは、かぶせの部分を2枚抜いたらすべて端切れになります。革の王様と呼ばれるコードバンなのに、端切れを使わないのはシンプルにもったいない。だったら、かき集めて何かできないかな、というのが発想の出発点です。そこから、ランドセルのベロ引っ張り部分のかたちをつなぎ合わせれば甲冑らしく見えるかも、というアイデアが浮かびました」
当初は、本物の甲冑のように小札を糸で縫い付ける方法も考えたが、ランドセルのパーツである鋲を使うことにより、作業にかける労力を軽減した。
和風の表現こそ共通しているが、大マチのデザインは甲冑から離れる。左右ともに、船箪笥風・鬼瓦風を模した意匠を凝らしている。
「鬼瓦風の模様の部分は、盛り芯の上に牛革をかぶせてミシンで縫っています。革をかぶせると内側に描いた鬼瓦風の模様が見えなくなるので悩みましたが、最終的には革にアタリをつけて縫いました。縫製で表情を出すのは難しかったですね。ちなみに、この部分に使っている革は、技術認定試験で使って余ったものを活用しています」
精緻で巧妙な造形だが、事前にデザインを固めているわけではない。おおまかな方向性を決めて制作を始め、その過程で浮かんだアイデアを都度、かたちにしているという。フレキシブルな手法と豊かな想像力によって生み出された快作である。
岡田さんが「ジャパンレザーアワード」に作品を応募するのは、今回が初めてではない。かといって、毎年応募してきたわけでもない。「毎回、イメージしていた作品がかたちになったから応募するか、くらいのテンションです」と、あくまで自然体。だからなのか、受賞の報を受けた際はまるで現実味がなかったという。
「正直なところ、何日か経っても全然ピンとこなくて、まだフワフワしているというか…。いつも作品が完成した時点で満足していて、人様に認めてもらうことはなかなかないですからね」
頭の中で思い描いたイメージの具現化こそがゴール。他者からの評価は創作のモチベーションにこそつながるが、自らの価値観に背くものはつくらない。そんな美学が垣間見える。
取材をしていて気づいた。岡田さんは、流行のカタカナ言葉をほとんど口にしない。一語一語、飾らない言葉で会話を組み立てるようすは、慣れ親しんだ仕事道具で革と向き合う姿と重なる。クリエイターでもクラフトマンでもなく、「職人」という響きがしっくりくる。
そんな岡田さんは、高い目標を掲げて日々の仕事に邁進している。
「ハイブランドでものづくりをする人たちと肩を並べるような鞄職人になるのが夢です。外部のデザイナーの方たちから『村瀬鞄行の岡田に頼めばイメージどおりのものをつくってもらえる』と言われるようになりたいです。正直、まだまだですけどね」
アーティスティック賞の受賞は、夢への扉を開くきっかけとなりえるのか。その答えを、楽しみに待ちたい。
文=吉田 勉
写真=加藤史人