バッグ部門
フューチャーデザイン賞
scratch pattern
Ken Shiina Design Laboratory
「ジビエレザーの、ワイルドな風合いが昔から好きだったんです。でも野生となると、どうしても傷が多くなる。革好きの人間からすれば、『お、この傷ええ味出しとるな』って思えても、一般の人からは受け入れてもらいにくいんですよね。これをいかに洗練された商品として仕上げ、革の魅力を伝えられるか。ずっと考えていたんです」
そんな時に出会ったのが、陶器の修復技法である「金継ぎ」だ。
「最初、なんで継ぎ目にわざわざ金を使うんだろう、って思っていたんです。そうしたら、継ぎ目をあえて目立たせることによって、それを装飾として成立させていると知り、目からウロコで。これを革に応用してみることにしたんです」
金継ぎでは、破損部分を漆で修復しながらつなぎ合わせ、そこに金を纏わせる。椎名さんもこの伝統手法にのっとって加工をしたいと考えたが、そこはレザー。陶器と同じ材料を使うことには、無理があることに気がついた。
「一度乾いた漆は硬くなり、力が加わると割れてしまう。柔軟性のある革に使うのは難しかったんです。そこで、一般的に革に使用されている薬剤の中からいくつか試して、曲げても割れない、剥離しない、ぴったりのものを見つけました」
その材料については「内緒です」と、椎名さんはいたずらっぽく笑った。
金色の素材は、箔加工レザーの表面に使用されているフィルム状のものを使用。
これを漆代わりの薬剤の上に置き、熱を加えながら接着していく。こうして、レザーの上にまるで金継ぎと見紛う加工を施すことに成功したのだ。
今回使用したのは、猪のジビエレザー。この作品をさらにユニークなものにしているのは、原皮の形状をそのまま生かした、“穴”だ。
「当初はさすがに、ふさごうと思っていたんです。たとえば、裏地を赤くして、それをあえて見せる形にするとか。でも待てよ、生かすのもかっこいいなって」
しかし、ひと口に「穴をそのまま残す」といっても、その裏にはイレギュラーな作業が待ち受けていた。
「穴を残した時に、そこから芯地(しんじ:表地と裏地の間の芯となる特殊な生地)の断面が見えてしまっては台無しですよね。それを防ぐために、芯地を穴に沿って切り抜き、さらにぐるりと5㎜ほど切り捨てる。そしてそこにかぶせるように裏地を貼り合わせるという具合で、かなりの手間がかかっているんです」
裏地に使用されているのは、ヌバック。「床面(「肉面」とも言う)を起毛させたスエードに対して、銀面起毛のヌバックは、厚みの調整がしやすい。これが最終的な製品の美しさに反映されるんです」と、こだわりを語った。
さらに作品を注意深く眺めると、右下部に並ぶ三ツ星のような金色に気づく。
「ここは、穴というよりも、スリットのように革が裂けてしまっていたんです。鞄の下のほうですし、内容物の重さで破ける恐れもある。そこで採用したのが、中国の伝統的な陶器修復手法、『馬蝗袢(ばこうはん)』と呼ばれるものです」
割れた陶器を金属製の鎹(かすがい)でつなぎとめる、馬蝗袢。椎名さんはこれを、市販のスタッズ(飾り鋲)を改良することで形にした。
「上部の装飾部分をカットし、もともとついている爪を生かして革をつなぎ合わせました。ここだけ違う色になっても悪目立ちするので、色は金継ぎ箇所とそろえています」
味のある雰囲気の傷を作品に生かそうとすると、どうしても型紙が合わない場合がある。しかし、この馬蝗袢の技法を使えば、好きな端切れをつなぎ合わせて十分な大きさにすることができると、今後の可能性についても教えてくれた。
椎名さん、本年レザーアワードに新設された「テーーマ賞」も同時受賞。“デザインと機能の引き算”を極めたナップサックが、高い評価を集めた。
「テーーマ賞は、レザー製品の専門サイトでオンライン販売することが前提。いかに効率的に生産でき、かつクオリティ高いものに仕上げるかを念頭に仕上げました」
高校や大学で講師を務め、自宅でも鞄づくり教室を開催している椎名さん。じつは過去に自身のものづくりは辞め、講師業に専念しようと考えた時期があったそう。というのも、卸し先からの細かな指示が多く、次第に自分の求めるものづくりができなくなってしまったのだと話す。
「でも、気づいたんです。自分でつくるからこそ、教えることができるんだって。今後は講師業も続けつつ、もう一度オリジナルブランドにしっかりと取り組もうと思っています」
その新たな第一歩を飾る作品ともいえるのが、今回の受賞作品だった。挑戦を続ける師の姿は、あとに続く後輩の多くを奮い立たせているに違いない。
文=中村真紀
写真=江藤海彦