学生部門
最優秀賞
Fusion
文化服装学院
「この作品を思いついたきっかけは、自分が使っている筆箱でした」
そう言って吉田さんが見せてくれたのは、ぬいぐるみのようなうさぎのペンケース。長年愛用してきたことがわかる、なんとも年季の入った風合いだ。
「これが本当のうさぎの毛皮でできていたらおもしろいなって、ある日思ったんです。同じような感じで、たとえばもしネズミの革が使えるなら、ねずみ革でつくって尻尾もつけたら、リアルな感じでキモかわいいと思いません? そんな感じで、動物の姿を最終的な作品に反映してみよう、と。それが発想の原点です」
文化服装学院 服飾専攻科 技術専攻の吉田さん。つくる作品は必然的に「服」ということで、そこに落とし込みやすい特徴を備えた動物を検討。結果、選ばれたのは「馬」だった。
この作品でまず目を引くのが、前ではなく後方に屈曲した膝部分。これは、馬の後ろ脚を表現したものだ。
「今回、素材として準備できたのは牛革。だから質感ではなく形状で馬らしさを表すしかありません。そう考えた時に、馬の後ろ脚って、すごく特徴的だなって」
“馬らしさ”は、パンツの裾にも反映されている。
「ヒール部分が透明なアクリル製の厚底ブーツがあるんです。これを履くことを想定して、踵側の裾をカット。まるで踵が浮いているように見えて、これも馬っぽいビジュアルになると思って採用しました」
じつは膝のように見える馬の脚の屈曲部分は踵で、そこから下は足の裏。ずっとつま先立ちで歩いているようなその骨格を、服のデザインとして昇華したのだ。
馬の骨格にヒントを得た独創的なデザインは、これだけにとどまらない。
「人間の胴体って平べったいですが、馬は楕円形。それを表現するために、胸部分のドレープをデザインしました」
ベースはあくまで細身のシルエットをキープするため、身体に沿わせたパターンに。その上にドレープのついたレイヤーをかぶせることで、馬らしい“ふっくらとしたフォルム”を実現している。
「あと、馬の脚って、左右にすごく離れてるんですよ。人間とは、構造がまったく違う。それを表現するために、ウェストの前面にパーツを1枚追加して、馬の骨盤の広さを表現しています」
吉田さんがファッションに興味を持ち始めたのは、高校生の頃。制服がない、私服登校の学校に通っていたことがきっかけだ。しかし、大学進学時にまず志したのは、まったくの別分野。看護師として働く親の薦めもあり、薬学部に進んだという。
「でも、ちょうどその時コロナ禍で。毎日、送られてくる授業動画を家で見ているだけ。学費もなかなか高額だし、このまま続けていていいのかなって。その頃から趣味的に自分で服づくりをしていたこともあり、やりたいことに挑戦しようと、2年で退学。文化服装学院に入学しました」
服飾の中でも、特に革製品が好きだったという吉田さん。ライダースジャケットなどを複数所有し、少しでも涼しくなったらすぐに着たいというレザーラバーだ。
「でも、学校で革素材を扱えるようになるのは3年生。やっと今年からだったんです。それで、初めてつくったレザーアイテムで今回の受賞。うれしいですね」
来年3月に卒業を迎える吉田さん。すでに就職活動には取り組んだものの、色よい返事はもらえなかったという。
「そんな時に、僕のSNSを見た海外の人からダイレクトメッセージが届いたんです。来年5月にフランスのカンヌで開催されるファッションショーに、デザイナーとして参加しないかって」
差出人はモナコ在住で、若い才能を世界から集め、ショーを通じてビジネス展開を考えているようだと吉田さんは話す。
「どうなるかわからないけれど、当面はそのショーに向けての作品づくりをする予定です。もしそこで結果が出れば何かにつながるかもしれないし、ダメならまた日本で就職活動をすればいいかなって」
人生には時折、不思議な流れがめぐってくる。それをいぶかしがるも、おもしろがるも、すべては自分次第。青年の未来は、きっと明るい。
文=中村真紀
写真=江藤海彦