ウェア&グッズ部門
フューチャーデザイン賞
パンチングレザー
刺し子ライダース
ver.3 type.Bandana
有限会社 オベリスク
今作のメインテーマは、「トランスフォーム」。付属のネックウォーマーは、外した際にジャケットの裾にボタンで取り付けることができ、さらにその中に同じく付属のグローブを収納できるポケットがある。グローブを単に放り込む形ではなく、中のフックボタンから吊り下げられる仕様で、燕尾に役割を変えたネックウォーマーの美しいフォルムを壊さない。
「自分自身、冬はいつもネックウォーマーと手袋を愛用しているんです。でも、あたたかい屋内に入って外した時に、問題になるのは置き場所。僕はあまり鞄を持たないので、いつもそのやり場に困っていたのが、作品誕生のきっかけです」
長年の着用を想定し、随所に設けられた修理用ファスナーは、前作から引き続き健在。切りっぱなしのように見える袖の裏地も、縫い付けないことで裏地との間に手を入れて刺し子の修復を可能にしている。デザインと機能性を見事に両立した設計になっているのだ。
もちろん刺し子模様についても、前作から大きな進化を遂げた。
「前回は、刺し子初挑戦ということもあり、伝統的な和風の柄を採用しました。対して今作は、糸をあえて革と同色にして全体の一体感を出しつつ、柄はバンダナをイメージしたアメカジ風の大胆なものにしています」
革は、羊のタンニンなめし。最終的に洗いをかけてシワをつけることで、ヴィンテージのような雰囲気を演出している。
そのアメカジムードをさらに盛り上げるのが、背面のワッペンだ。これは、石橋さんのふたりの娘の名前がモチーフになっている。
「それぞれ『W』『M』で始まって、『O』で終わるとバランスがいいなって。デザインに落とし込んだ時のことを考えながら、生まれた時に名前をつけたんです」
今後オーダーを受ける際には、注文者のリクエストに応じて文字をカスタマイズすることを想定している。
じつは石橋さん、昨年のグランプリ受賞作品を完成させたあと、「もう刺し子はやらない」と、心に決めていたという。 「昨年の作品は、刺し子だけで40時間かかったんです。あまりにも大変だったのでこれが最初で最後、と思っていたのですが、まさかのグランプリ受賞。お礼の意味を込めて派生作品をつくろうという気持ちになり、今回は2作品、前回の作品と併せて3部作になる形で制作しました。結果、今年は1体に150時間かかったので、刺し子だけで合計300時間です(笑)」
現在石橋さんは、レザーアイテムブランド「オベリスク」でプロダクトマネージャーとして勤務している。忙しい毎日の中で、一体どのように制作時間を確保していたのだろうか。
「娘がサッカーをやっているんですが、その練習に付き添うと、どうしても手持ち無沙汰な時間が出てくる。その時に刺し子はぴったりだと思って、現地で作業をしていました」 空き時間を活用することで、ものづくりの可能性は無限に広がる。費やした膨大な時間には、そんなメッセージも込められているのだ。
幼い頃からものづくりが好きだったという石橋さん。大好きなプラモデルは、いまの仕事場にもその箱が置かれていた。
「気分転換に、たまにつくるんです。もうこれで最後にしようとは思っているんですけどね(笑)。でも、プラモデルと革製品って、ちょっと似ているところがあるように思うんです。接着剤とかテープとか、一般的な布の服には使わないような材料も使って、立体的に組み立てていく作業なので」
今回の刺し子のように、細部にまでこだわって色や模様を仕上げていくという面でも、レザーアイテムにはプラモデル的なおもしろさがあると、石橋さんはうれしそうに話す。
レザーアワードにはこれまで8回ほど出品しているが、「いいものができたら、出す」という、気負わぬスタイルは常に変わらない。
「仕事と自分の創作活動は、はっきりと切り分けています。お客様に提供する商品は、ミシンのひと目まで仕上がりを追求して、プロとして責任をもったものづくりを。創作活動は、あくまで空いた時間や休日に、好きなことを。とことん自由に取り組んでいます」
最後に、これまでつくった作品のなかで一番のお気に入りを聞いてみた。
「やっぱり、今回受賞した作品ですね。でも、死ぬ時に同じことを聞かれたら、『僕の最高傑作は娘です』って答えたくって。だからこそ、家族との時間も大切にしています」
決して当たり前ではない日常を、1日1日いつくしむ。その丁寧な積み重ねこそが、人の心をぐっとつかむ豊かな感性を育んでいるに違いない。
文=中村真紀
写真=江藤海彦