フットウェア部門
ベストプロダクト賞
自然と技の一足
個人
「鮫革の存在はもちろん知っていたのですが、高価なこともあり、これまで使ったことはありませんでした。でも、独特のテクスチャーがすごく魅力的で。この個性を思い切りフィーチャーした作品をつくってみたくなったんです」
そう話す菊池敏哉さんが初めてジャパンレザーアワードに挑戦したのは2013年。それ以来、じつに11年間にわたり受賞を目指して努力を続けてきた。そんな彼が満を持して挑んだのが、この鮫革だった。
国内では、気仙沼で伝統的に鮫漁が行われており、今回使用した革も気仙沼で捕れた食用鮫の副産物だ。鮫革を作品に仕立てる上で難しいのは、大きなサイズの革がとれないことだと菊池さんは話す。
「鮫は牛などに比べて個体が小さく、傷が入っていることも多い。革の取り都合を考慮しながら型紙を引く作業は、まるでパズルのようです」
鮫革の独特な表情を引き立てるため、デザインは極力シンプルに。一方、その強い個性に負けないよう、工夫を凝らした細かなディテールも本作の見どころのひとつだ。
まず、履き口を縁取る編み込みは、やわらかい牛革を使用しており、足に当たっても痛みを感じないよう配慮。
「レザークラフトでよく見られる手法ですが、ここでは装飾的な意味合いだけでなく、『縫い糸を隠す』という役割も持たせています。素材本来の魅力を引き立てるため、ミシンの縫い目という人工的な作業跡を、露出させたくなかったんです。同じ作業の痕跡でも、編み込みという手仕事を選ぶことで、自然素材との調和を図りました」
さらに特徴的なのは、ソールからコバ(裁断面や縁部分)にかけて施された槌目模様だ。
「編み込みと同じように、自然な形で手仕事感を演出したくて選んだ手法です。じつは最初、うまくいかずにソールが割れてしまいましたが、水で濡らしてから叩くとうまくいくことを発見しました」
細身のドレスシューズではなく、丸みを帯びたカジュアルなシルエットには、「シーンを問わずにたくさん履いてほしい」という菊池さんの想いが込められている。
「今作は、今までの出品作品の中で一番、履く人のことを考えてつくることができたと思っています。どんなに斬新なデザインや高い技術があっても、履く人に寄り添えていなければ意味がないですからね。今回の受賞を通じて、そのことを強く感じました」
また、海洋生物である鮫の革は耐水性が高く、雨や湿気の多い日本で長く愛用するにはぴったりの素材でもある。菊池さんはこの靴をハンドソーンのダブルソールに仕立て、修理をしながらより長く履ける一足として完成させている(※ハンドソーンとは、手縫いで靴のアッパー部分とソールを縫い合わせる技法で、ダブルソールは二重の靴底を指す。これにより耐久性が向上し、長期の使用が可能になる)。
話の端々で、レザーアワードへの並々ならぬ情熱をにじませる菊池さん。その理由を問えば、「自分には何も後ろ盾がなかったので。賞をとることで『誰にでもチャンスがある』っていうことの証明になるんじゃないか、そう思ったんです」と答えた。
若い頃は、なんとブレイクダンサーを目指していたという。
「練習場所がほしくって。近所に社交ダンス用のホールがあったので、貸してほしいってお願いしにいったんです。そうしたら、そこを経営しているのは社交ダンスの靴メーカー。『場所を貸すから、その代わりに靴づくりをしろ』って、社長に言われて(笑)。それが、靴をつくり始めたきっかけです」
ブレイクダンサーになる夢を追いながら、靴づくりの技術も磨いていった菊池さん。22歳で地元北海道から上京し、製靴工場に就職希望を出したが、「専門学校を出ていないならいらない、そう言われちゃって。どこも門前払いでした」と当時を振り返る。
唯一雇ってもらえた靴修理店で働きながらダンスを続けるも、すでに20代中盤。体力的に、プロを目指すのはもう難しいと悟る。
「そうなったら、残されたのは靴しかなかったわけです。でも、修理の仕事だけでは生活できず、夜は居酒屋でバイト。並行して靴づくりの講習会にも参加していたので、本当、寝る時間がなかったですね」
現在は、フリーランスとしてダンスシューズの製造を受託。また個人的に外履き靴のオーダーも受けている。
「個人受注を始めたのが、ちょうどレザーアワード初参加の頃です。北海道のダンスシューズ会社の社長も、応援の意味を込めて注文してくれました。でもね、じつは社長、亡くなっちゃったんです。2年前に。本当は受賞した姿、見せたかったんですけどね」
ゆくゆくは、自分のブランドも立ちあげたいと語る菊池さん。挑戦し続けるその生き様は、空の上からもたのもしく見えているに違いない。
文=中村真紀
写真=江藤海彦