ウェア&グッズ部門
ベストプロダクト賞
革ときもの地とのコラボコート
革きもの アルティジャーノ
野村孝之さん、御年73歳。革との付き合いは長く、深い。
野村さんがものづくりに携わるようになったのは16歳の頃。定時制高校に通いつつ、洋裁店を営む父を手伝い始めた。このとき、初めて革に触れた。
高校卒業後は、衣料メーカーに勤務しつつデザイン学校に通い、服づくりの基礎を習得。30歳で独立、45歳を過ぎ、当時工場のあった山形県鶴岡市に移住した。
それから約30年。現在は、妻の野村宏子さんとともに、革製品のリメイク・オーダー専門店『革きもの アルティジャーノ』を営んでいる。
「長らく革に携わってきましたが、じつは縫製を始めたのが20年前なんです。会社の事業縮小で縫製のできる従業員がいなくなったため、必然的に自分でやらないといけなくなりまして。そこから、革でものづくりをする楽しさを知りました」
野村さんは、これまで仕事以外で作品づくりをした経験が一度もなかった。今回の「ジャパンレザーアワード2024」に応募した「革ときもの地とのコラボコート」が、正真正銘、はじめて手掛けた作品となる。
「いままで私がつくってきたのは商品です。お客様と話し合い、100パーセント満足していただくにはどうしたらいいかを考えてものづくりをしてきました。けれど、作品づくりはまったく違っていて、自分本位で、自由で、誰にも心を邪魔されない。制作期間は常にワクワクしていて、とても楽しかったです」
制作のきっかけは、ジャパンレザーアワード事務局からのアプローチだった。宏子さんの後押しを受けた野村さんは、大きな一歩を踏み出した。
「10年以上アイデアをあたためていた孔雀がテーマです。優雅に羽を広げる孔雀と、はつらつと生きる女性の姿を重ね合わせてコートを制作しました」
テーマとの関連性は、作品を間近でみるとよくわかる。
ウエスト紐から裾にかけてはフレアを多めに入れ、裾回りに余裕を持たせて羽が広がるような仕様に。丈は前から後ろにかけて徐々に長くなっており、フレアで波打つシルエットが美しい。革にはパンチングで穴を開け、孔雀の羽の目玉模様を表現している。
また、革だからこそできる裁ち切り仕立てや、立体感を演出する革テープの使用など、随所に工夫が盛り込まれている。野村さんによると、ここまで細部に凝ったのには理由があるという。
「2023年のグランプリ作品(「パンチングレザー 刺し子ライダース」石橋善彦さん作)に感銘を受け、自分の持てるテクニックをすべて注ぎ込むつもりで、手仕事を多めに入れました。裾回りは刺し子用の糸を使っており、すべて手縫いです」
今作をつくるにあたって選んだ素材は、カーフ、大島紬、鶴岡シルク。この3つの素材には共通点がある。
「今作には天然素材のみを使用しています。これからの時代に合ったものづくりを考えると、いつか廃棄されるときに土に還るものであるべきという思いがありました」
メイン素材のカーフは1.2~1.3mmだった厚みを0.6mmまで漉き、軽さとやわらかさを付与。このカーフをアンティークの大島紬と組み合わせているが、そこにもひと手間が加えられている。
「革と生地は伸び率がまったく違います。なので、裁断したすべての革を濡らし、錘(おもり)をつけて引っ張り、縮みを解消してから縫っています」
また、鶴岡市の名産であるシルクは裏地に使用。パンチングの穴から見えるクリーム色のシルクが、デザインとして良きアクセントになっている。
それぞれの素材が軽量のため、総重量が1キロ未満でかろやかに羽織れることも付記しておきたい。
今作の完成に至るまで、野村さんはたびたび宏子さんに意見を求めた。
「大島紬とのバランスで革がメインに見えるようにしたり、裏地のシルクをカーフと異なるクリーム色にしたり、さらには、仮縫いの段階で165cmの女性に試着してもらって丈を5cmほど長くしたのも、妻の助言によるものです。結果的に、女性の後ろ姿の美しさを引き立てるものになったと自負しています」
長きにわたるキャリアの中で磨いてきた技術と、長年連れ添ってきたパートナーの的確なアドバイスが奏功し、生涯初となる作品で受賞を果たした野村さん。「言葉にならないほどのうれしさです。タイミングよく素材と出会えたのも大きかったですね」と目を細める。
モチーフとなる孔雀だが、羽を広げるのはおもにオスの求愛行動によるもので、メスにおいてはめずらしいとされている。女性向けの今作は、ジェンダーバランスの変革が叫ばれる昨今において、伸び伸びと羽を広げて生きようとする女性をエンパワーメントするかのような美しさとしなやかさを兼ね備えている。
文=吉田 勉
写真=加藤史人