フリー部門 ベストプロダクト賞
宅配ボックス
青森県立青森第一高等養護学校
その箱、凶暴につき……というわけではない。ロールプレイングゲームや漫画作品に出てくる宝箱のように人を襲いもしない。蓋を開ければ存在感のある舌が現れ、下顎からは歯が突き出ているが、その正体は、宅配ボックスである。
制作者の能澤大輔さんは、青森県立青森第一高等養護学校の教諭。肢体不自由および知的障がいのある生徒の支援に従事する中で、「丁寧なものづくり」をコンセプトに作業学習の指導を行ってきた。制作物には、宅配ボックスが含まれる。
「基本的に、作業学習で制作する宅配ボックスはすべて同じかたちです。それはそれで完成形ではありますが、数年つくり続けて『もっと面白いものをつくれないかな』という思いが沸き起こってきました。そこで、革を組み合わせればユニークな宅配ボックスをつくれるかも、というアイデアが浮かびました」
能澤さんが採用したのは、木箱に革を貼り合わせるコンビネーション。不規則な模様の型押し革をベースに、ボックスのふちには自身で染色したヌメ革を使用。赤色のカーフに綿を詰めて縫ったものを舌に、小さく裁断した象牙色の革パーツを歯に見立て、不気味さを表現している。
「アイデアのもととなるのは、ゲームのダンジョンにある宝箱です。こんな宅配ボックスがマンションにあったら建物自体がダンジョンのようになるし、配達する方も架空のフィールドの中でゲームしているような感覚になるかも、というイメージがありました」
一般的には個性を求められない無機質な宅配ボックス。一方、今作は不穏な雰囲気をまといながらも随所に遊び心が散りばめられており、従来の宅配ボックスのイメージを軽々と飛び越えている。能澤さんの手にかかると、想像力を喚起する魔法の箱に見えてくるから不思議だ。
作品にストーリー性を持たせるためには、全体のトーンを客観視しつつ、細部にまで工夫を凝らす必要がある。
「力を入れたディティールのひとつは、全体の色のバランスです。革同士はもちろん、革と木を組み合わせるときの配色にも細心の注意を払いました。もうひとつは、作品そのものの重厚感、塊感の表現です。血管が浮かび上がっているような型押しの革を使ったことや、台形に切った合板を組み合わせて蓋の曲線をスムーズにしたことなどが、効果を発揮したように思いますね」
加えて、本来の用途に耐えられる堅牢度も担保した。
「実際に使うだけではなくおもちゃみたいな感じで遊んでほしかったので、頑丈につくりました。ガシガシ開け閉めしたり、手や頭を突っ込んだりしてほしいです(笑)」
「ジャパンレザーアワード」への応募は今回が3回目となる。フリー部門ベストプロダクト賞の受賞について、次のように話す。
「いまの僕は、子どもや生徒たちが表彰されることに『おめでとう』という立場なので、まさか自分が賞をいただけるとは想像していなくて。すごくうれしいです」
ちなみに、これまで応募してきた作品には共通点があるという。
「ゼロから何かを生み出すのではなく、既存の物語や架空の世界の一部分を自分なりに解釈して表現するのが好きなんです。たとえば、初めて『ジャパンレザーアワード』に応募した作品は、娘が習っているバレエの舞台用の小物としてつくったドン・キホーテの剣でした。フィクションの世界に登場するキャラクターやアイテムを作品にするのが一番楽しいですね」
そんな能澤さんの創作に欠かせないのが革の存在だ。これまで受け持ってきた生徒たちにも、熱心に革素材の魅力を伝えてきた。
「革は加工によって木のように固くもなるし、紙のように薄くもなる。経年しても劣化せずに味が出るというところも含めて、さまざまな素材の中で一番好きです。子どもたちも、革で何かをつくっているときは本当に楽しそうですよ」
創作のアウトプットとなる「ジャパンレザーアワード」への応募は来年以降も継続の予定で、すでに次作を構想中。学校の授業でも使える、ユニバーサルデザインの思想にのっとったプロダクトを考案しているという。「受賞作の傾向などは考えず、つくりたいものを楽しくつくります」と、晴れやかな笑顔で話す能澤さん。気負いは、ない。
文=吉田 勉
写真=加藤史人