バッグ部門
ベストプロダクト賞
折りたためるレザーバッグ
エース株式会社
「鞄って本来、中に何かを収納するためのものですよね。その鞄がさらに段ボールという別の入れ物に収納され、運ばれていく。日常的にそれを見ていて、なんとも不思議な光景だなって思っていました」
作品づくりのきっかけを尋ねると、佐藤さんはそう切り出した。職場は、鞄メーカーのサンプル室。日々忙しく制作をおこなう現場は、常に段ボールであふれていた。収納用品である鞄が、段ボールに収納されるという、まるでマトリョーシカのようなおもしろさ。何気ない日常の風景から、佐藤さんの感性は何かを感じとったのだ。
「同じ収納の役割を持つものなのに、空の段ボールは折りたためるというメリットがある。一方で、鞄は形状を変えることができないので、どうしてもかさばりますよね。でも、鞄も折り畳むことができれば、物流コストを下げることができるかもしれない。それが最初の発想でした」
素材に選んだのは、ステア(生後数カ月後に去勢して肥育した雄牛の革)のヌメ革。これを1㎜の厚さに漉いたものを芯材のボール紙にゴムのりで貼りつけ、組み立てている。
「一般的なビジネスバッグで使われる手法をベースにしていますが、1㎜の薄さの革でこの大きさの鞄をつくるのは、かなり珍しいですね」と佐藤さん。
本作の特徴は、固定されたスクエアなフォルム。そのため革が伸びる心配が少ないため、この薄さでも成立したという。
スムーズに折り畳めるよう、折り線部分は溝状に薄く削った。身近な段ボールの構造を参考にしたが、やはりそこは革。美しい可動性のためには、工夫が必要だったようだ。
「紙でサンプルをつくった時はすんなりいったんですが、いざ本番となると革素材ならではの厚みもありなかなか難しくて。カットの仕方など、いろいろと試行錯誤を重ねました」
シンプルに見えるこの作品には、細部にまで佐藤さんのものづくり哲学が詰まっている。つくり手ならではの技術の結集のように思えるが、佐藤さんは“職人らしいこだわりを持つ”という考え方が、あまり得意ではないのだと笑う。
「誰がやっても同じ品質のものができあがることこそ、ものづくりの現場では大切だと思うんです。それがそのまま生産性につながりますから。そうじゃないと、この業界を志す人が、いなくなっちゃうんじゃないかなって」
鞄の構造を極限までそぎ落とすことで制作工程を合理化し、安定した品質の製品が供給できれば、それこそが鞄業界の未来につながる。属人的な手わざのすばらしさにも価値はあるが、そうした効率性に着目するのは、22年にわたる実務経験からくるリアルな視点があるからこそだ。
佐藤さんのものづくりの原点は、大学時代。東京藝術大学で彫刻を学んだ。
「でも彫刻って、単なるオブジェというか。用途があるわけじゃないですよね(笑)」
その頃から、見え隠れするのは効率を重視した合理的な考え方だ。
学業とは別に、すでに趣味で鞄や財布を制作していたという佐藤さん。卒業後に求人誌で見かけた記事をきっかけに、鞄のサンプルづくりの世界に入ることとなる。
「1社目はハンドバッグ系、2社目はクラシックなビジネスバッグが中心。当時の先輩たちは、40代から上は80代の幅広い世代でしたね。すばらしい技術を持った方々だったので、働きながら多くのことを学ばせていただきました」
その後、もう1社サンプル制作会社を経て、現職。気づけばエース鞄で勤続15年(2024年現在)になるという。
現在手がけるのは、主に新商品のサンプルづくり。営業からの要望をデザイナーが絵に落とし、それを形にするのが佐藤さんの役割だ。
「構造的に無理がある部分や縫製の難しさを、制作者の視点から指摘することもありますが、自分が一からデザインをしてみたいとか、そういう欲求はあまりないですね」
大学で共に彫刻を学んだ卒業生の中には、現在も作家として活動している人もおり、他にも大工や花火師など、さまざまな分野で“立体”を仕事にしている話を聞くという。
「みなが活躍している姿を見ると、刺激になります」
確かな技術を持つ、謙虚なリアリスト。そんな彼だからこそ生み出せる斬新なアイデアに、今後も期待したい。
文=中村真紀
写真=江藤海彦