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フューチャーデザイン賞
播州白鞣牛革 半筒茶碗
銀職庵 水主(ぎんしょくあん かこ)
4年連続の「レザーアワード」部門賞受賞である。カワノケンダマ、天球将棋、革ノ花見重に続くのは、「播州白鞣牛革 半筒茶碗」。姫路産の白なめし革を使った、実用に耐えうる抹茶椀だ。
「私のように地方で活動している作家はたくさんいますが、日本の末端にまで手を伸ばしてスポットを当ててくれるコンペティションは、レザーアワードだけなんです」
そう語るのは、受賞者の中山智介さん。出身地である長崎県大村市の海のそばに工房「銀職庵 水主」を構え、10年以上にわたって革製品・貴金属製品を制作し続けてきた。
発想力豊かな中山さんにとって、「レザーアワード」はアイデアを形にする絶好の機会。今回の受賞作にも、自身の創造性を余すところなく注ぎ込んだ。
前回の受賞作に続き、今回の作品も食器である。素材となる白なめし革は、水、塩、菜種油のみで原皮をなめした自然由来の革。さらに副産物である床面を使用し、いただいた命へ敬意を表した。「革素材を使い切ることは最低限の礼儀」と話す中山さんだが、実際に床革を使い続ける過程で、「無駄なく活用する」という視点が誤りであることに気づいた。
「率直にいえば、床革の真価がわかっていませんでした。その実力を理解した今、日本で一番床革の多彩な使い方をしているのは私だと思います(笑)」
床革の魅力の一つにあげられるのが、加工のしやすさだ。今作においては、やわらかい白なめしの床革を加圧して強度を付与。食器として衛生的に使えるよう、表面をコーティングする樹脂も天然由来のものを用いた。
「同じつくり方をした湯呑をプライベートで愛用していますが、かなりラフな使い方をしてもまったく問題ありません」
軽くて持ちやすく、凹みも割れもせず、最終的には土に還る革の食器。すでにシリーズものとして受注生産しており、キャンパーからは「山で紛失しても自然に還るので安心」と、厚い支持を得ている。
制作中は抹茶椀の本質に迫るのも忘れなかった。「銘」が入っているのはその証左だ。ただし、茶碗の底のくぼみを指す「茶溜まり」ができたのは偶然だった。
「成形の際、革の中央部に芯を当てて引き起こしたところ、たまたまくぼみができたんです。じつは陶器の茶溜まりも、成形している最中に土を締める過程で生まれるそうなので、思いがけず似たような過程を踏むことになりました」
制作過程で思いがけず「本物」に近づいた抹茶椀。「形だけを真似るのではなく、本質を捉え、抹茶椀として成立させられるように力を尽くしました」と語る中山さんが、運をも味方につけたのかもしれない。知人である茶道の先生も、その完成度に太鼓判を押したという。
「審美性に加え、機能的にも保温性が高く、冬のお茶会や野点にぴったりだとおっしゃっていました。あとは口当たりですね。陶磁器はもちろん、ガラス製品や木製品とも違う独特のやわらかさを評価していただきました」
日々仕事に打ち込み、余暇には趣味の海釣りで頭を空っぽにしてアイデアが降りてくるのを待つという中山さん。地元に定着して活動する理由はいたってシンプル。愛着のあるふるさとを活性化したいからだ。
「長崎県は毎年、県外に転出する人が多くいます。若い人たちが地元から離れてしまうのは、私たちの世代が地域の魅力を伝えてきれていないから。まずは長崎発の工芸品を知ってもらうなどして、そこを変えていきたいです」
行動的な中山さんは、ホコリをかぶっていた大村市役所玄関口のガラスケースを有効活用するべく、地域で活動する作家の工芸品を並べられるよう交渉。アイデアが採用されると仲間とともに掃除を行い、照明を変え、長崎の伝統工芸品である松原刃物から国指定天然記念物のオオムラザクラで染めたテディベアまで、幅広い作品を展示するようになった。この取り組みは注目を集め、「今では市役所のみなさんの方が熱心です」と、中山さんは目を細める。
「近年長崎では、革製品をつくる職人をはじめ、さまざまなジャンルのものづくり作家さんが増えています。工房を始めて13年経ちましたが、私のような存在を知って『自分でもできそうだな』と思ってくれる人が一人でもいたのなら、ここまでやってきた意味があったかな、と思いますね。就職先がなくても、アイデア次第で仕事はつくれますから」
そんな中山さんの志は、大村湾から望む秋の空のように高い。
「まだ見たことのないもの、この世にないものをつくりたいです。もし叶うのなら、それが長く続く工芸の礎になるようなものだったら理想的ですね」
文=吉田勉
写真=加藤史人