若者が注目したのは
日本古来の伝統技法
いため革」は究極の
サステナブル素材だ

学生部門 最優秀賞 THL 多摩美術大学 若井田 健太 さんの画像

学生部門
最優秀賞

THL

多摩美術大学

若井田 健太 さん

多摩美術大学・生産デザイン学科プロダクトデザイン専攻4年生の若井田健太さん。「軟らかいものを硬くする」というおもしろさを表現するために彼が選んだのは、古来、武具に使われた「いため革」だった。この技法でつくられた、革のスツールの秘密に迫る。
若井田 健太さんの画像

「THL」、「The Hardest Leather」と名づけられたこの作品は、実際に座ることができる革製スツール。多摩美術大学の4年生・若井田健太さんが、学校で取り組んだ課題をきっかけにアイデアをふくらませ、学生部門の最優秀賞に輝いた。

素材と工具の画像

きっかけは、学校の課題

「2年前、指定された空間にオブジェを配置しなさい、という課題があったんです。リチャード・セラというアメリカの彫刻家がいるんですが、彼のつくる大きな板金を湾曲させたような作品が飾られた場所に、あなたなら何を置きますか、っていう。僕はそこに、もともと軟らかい自然物を金属のように硬くして置いたら、ストーリーとしておもしろいんじゃないかと思ったんです」

そこで若井田さんが注目したのが、レザーだった。それをいかに硬く加工するかというリサーチの中で、日本古来の「いため革」と出合う。にかわを溶いた水に床革を浸け、つちで打ち固めて硬く加工した革だ。その強度を生かして鎧や太刀のつばに重宝されてきたが、近年では使われる機会も少なくなっている。

素材の画像

革で体重を支えることへの挑戦

「課題で制作したのは、いため革を使った純粋なオブジェでした。でもレザーアワードへの応募にあたって、何かしら機能をもたせなければと。そのときに、ここまで硬さが出るならば、人の体重を支えることができるんじゃないかと思って、スツールという形を選んだんです」

使用したのは、2mm厚に整えられた無塗装の牛の床革。これを自らいため革に加工し、4枚重ねることで強度を出している。目に触れる部分に使用した革にはあぶり工程も加え、金属のような硬質なテクスチャーに仕上げた。

若井田 健太さんの作品 THLの画像

「すべての材料をあぶれば、より硬度は出せたかもしれません。でも薄くなるので、耐久性の面で劣る可能性があった。それに、すでにきれいに2㎜に漉かれた床革だったので、すべてあぶって厚みを変えてしまって、その工程を台無しにするのも違うと思ったんです」

撓め革の強さを際立たせるため、デザインは極力シンプルに。曲げて加工できるという革の特徴を生かすため、土台部分には曲線を採用した。

若井田 健太さんの作品 THLの画像

付加価値によるサステナブルなものづくり

これまでの制作活動では、革に限らずさまざまな素材を扱ってきたという若井田さん。木材やウールといった自然素材からプラスチックなどの人工物まで、マテリアルの可能性をとことん追求してきた彼が考える、レザーの魅力とはなんなのだろうか。

「クラフト系の職人の方が精緻に仕上げたレザーアイテムは、本当にすばらしいと思います。でも僕は、あまり日の目を見ないような素材を工夫して、何か付加価値を与えるというか。そういう部分にこそ自分のクリエイティブの欲求を感じるし、おもしろいと思っているんです」

動物の骨や腱からとれる、いわば天然の樹脂ともいえるにかわを使い、床革を加工するいため革。手間こそかかるが、これこそ究極のサステナブル素材だと若井田さんは強調する。

若井田 健太さんの画像

来年の卒業後は、スポーツメーカーでフットウェアデザインの仕事に就くという若井田さん。

「もともと靴が好きなんです。でも、まずは幅広く学びたかったので、製靴学校ではなく美大のプロダクトデザイン科に進みました。就職後のことはまだあまり想像できないけど、ジャンルにとらわれてデザインや素材を限定せずに、自由な発想をもち続けたいと思っています」

再びアワードに挑戦しますか?という問いには、社会人になってみないとわからない、と笑う。でも、プロフェッショナルとして経験を積んだ彼が、レザーにどんな新しい可能性を見出すのか。その日が心底待ち遠しい。

文=中村真紀
写真=江藤海彦

作品ページ

受賞者一覧

益子 実佳 さん

2021年度 グランプリ

フットウェア部門 ベストプロダクト賞

宮城興業 株式会社

益子 実佳 さん

素材も生産も
“メイド・イン・ヤマガタ”
持続可能性に満ちた
ローカルシューズ

猪俣 真 さん

フットウェア部門
フューチャーデザイン賞

個人

猪俣 真 さん

それ自体が副産物であり、
革は立派なエコ素材
想いを込めた
「脱皮するスニーカー」、
その中身とは?

牛島 淳 さん

バッグ部門 フューチャーデザイン賞

個人

牛島 淳 さん

革の可能性を広げるバッグは、
型紙2種類のみ
一流品とも戦える
シンプルな創意工夫

蔡 弘灏 さん

ウェア&グッズ部門 ベストプロダクト賞

CAI芸術スタジオ 株式会社

蔡 弘灏 さん

1枚の革に命を吹き込む、
驚くべきクラフト技術
強烈な個性で魅了する、
前代未聞の十二支像

椎名 賢 さん

審査員長特別賞(持続可能なデザイン)

Ken Shiina Design Laboratory

椎名 賢 さん

一枚の革と一本の紐で、
SDGsを体現
自分の手だけでつくる
バックパック

高張 創太 さん

フリー部門 ベストプロダクト賞

SOTA LEATHER PRODUCTS

高張 創太 さん

経年変化が楽しい、
インテリアに馴染むデザイン
確かな技術力で叶えた、
斬新なアイデア

中山 智介 さん

フリー部門 フューチャーデザイン賞

銀職庵 水主(ぎんしょくあん かこ)

中山 智介 さん

見た目だけではなく
本質を追求
審美性を兼ね備え、
自然に還る安心な抹茶碗

益井 隆之 さん

ウェア&グッズ部門
フューチャーデザイン賞

TROJAN HORSE

益井 隆之 さん

レザージャケットの
固定概念を打ち破る
薄い、軽い、収納できる一着

松村 美咲 さん

バッグ部門 ベストプロダクト賞

有限会社 清川商店

松村 美咲 さん

素材も技術も、
使うことで未来へつなぐ
伝統と創造から
生まれる次代のデザイン

若井田 健太 さん

学生部門 最優秀賞

多摩美術大学

若井田 健太 さん

若者が注目したのは
日本古来の伝統技法
「撓め革」は
究極のサステナブル素材だ

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