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フューチャーデザイン賞
革あそびの茶箱
sunao
もともと日本の伝統文化に興味があったという河本さん。5年ほど前から、地元・高知で茶道美術の勉強会に通い始めた。
「お点前を主体に習うのとは少し違って。江戸時代の文献を読んでみたり、先生のお道具を拝見したり。古きよき非日常の趣向を楽しむ集まりです」
並行して、骨董市やクラフトマーケットで気に入った器を購入する機会も増加。しかし、袋や箱はついておらず、器単体で手にすることも多かったという。
「裸のままでは、なんだかかわいそうじゃないですか。それで、器のために何かしらつくってあげたいと思ったのが、今回の作品づくりのきっかけです」
茶道具には元来、中身と入れ物のデザインをさりげなくリンクさせて楽しむ粋な文化がある。それを念頭に置いた時に、前衛的な現代作家の器を収納する巾着の素材として、革が合うのではないかと河本さんは考えた。
「『茶碗』と、それを温めるために入れたお湯をこぼす広口の器、『建水(けんすい)』。このふたつを収納するための巾着を、豚革でつくりました。重ねる際に間に敷く仕切りも、豚のスエード。伝統的にはちりめん生地を使う場合が多いのですが、革はほどよい厚みがあるので、緩衝材としてはぴったりでした」
そのほか、『茶杓(ちゃしゃく)』のカバーはソフトな山羊革、『茶筅(ちゃせん)筒』と『茶巾筒』は木目を施した硬さのある山羊革、主に香木を入れるために使われる『香合(こうごう)』は、シルバーの牛革。見た目と用途のバランスを考慮し、細やかな素材選びがなされている。
さらに注目したいのは、外箱。どことなく、クラシカルなスーツケースのような雰囲気を感じさせる。
「アイデアは、まさにスーツケースからきているんです。最近、内装張り替えの仕事を受けることが多かったんですが、これを茶箱にしたらおもしろいんじゃないかなって。伝統的なお抹茶の茶箱は蓋が外れる形なので、こうやって蝶番で開く方式は珍しいと思います」
この外装をさらに特徴的なものにしているのが、三面に使われた革織物だ。
「もう20年ほど前になりますが、東京の革織物のメーカーさんで購入したものです。すでに廃業されてしまったのですが、その時の端切れをずっと持っていて。織物は端の処理が難しいんですが、今回は箱ということで縁を押さえる仕様。ぴったりだったんです」
側面は、少し落ち着いた雰囲気の木目調。内装には、豚のスエードが使用されている。
祖父、父が焼物を嗜むという、ものづくり一家に育った河本さん。
「家に備前焼の土があったので、それで自分でも器を焼いたりしていました」
大学卒業後は造園業の世界に入り、その後、美術画廊やデザイン事務所に勤務。鞄づくりと出会ったのは、20年ほど前のことだ。
「最初の手製鞄は、息子の幼稚園バッグでした。各家庭でつくってきてください、といわれた、シンプルなトートバッグです。その後、自分のための鞄もつくり出したのが始まりです」
そこで河本さんがもっとも感動したのは、「実寸でパターンをつくったものが、そのまま形になること」だったと話す。
「造園の設計図だと、どうしても縮尺が何百分の1になるじゃないですか。でも、鞄は最初からできあがりの大きさで考えられる。建築基準法などの制約もないし、最高!と思いました(笑)」
制作開始と同時に、ネットショップをオープン。自らのブランド「sunao」を立ち上げた。当初から変わらず貫いていることは?という問いに、「自分自身のこだわりって、あまりないんです」と河本さんは笑う。
「ただ、国内にあるすばらしい素材や手法を、後世に残していきたいという想いは強い。今回外箱に使用した、革編物もそうですね」
加えて、他ジャンルの作家とのコラボレーションにも意欲的だ。
「たとえば今回の茶箱でいえば、陶芸の作家さんと一緒に作品づくりをしても、きっとおもしろいですよね。いまはインターネットで遠方の方とのやりとりも簡単にできるので、フットワーク軽く、いろいろと挑戦していけたらいい。そう思っています」
撮影協力: 高知・和の文化発信基地 aiiro あいいろ
文=中村真紀
写真=江藤海彦