フリー部門
フューチャーデザイン賞
ハザイ×クマ
個人
革製品の製造・修理業を営む井藤憲一郎さん。プライベートでものづくりを始めたのは、大好きなテディベアの制作本を購入したのがきっかけだった。
「最初は型紙どおりにぬいぐるみを制作していましたが、だんだん物足りなくなり、自分なりのアレンジを加えるようになって。素材もフェルトやファーから革に変え、オリジナルのテディベアをつくるのがどんどん楽しくなっていきました」
その頃から10年以上の時が経ったある日、井藤さんはSNSで思いがけず『ジャパンレザーアワード』の存在を知った。事前エントリーの締切日までは10日もない。すぐさま申し込み、制作に入った。
「ちょうどその頃、革の端材を使ってクマのぬいぐるみを制作していまして。いくつかプロトタイプをつくっていたので、それらを改良して応募することに決めました」
応募作品として選んだのは、自身の創作の原点であるクマのぬいぐるみ。その素材として、仕事でどうしても余ってしまう端材を選んだ。「端材を無駄にせず何かに使いたい」という思いは、井藤さんが修理の仕事をしていて長年抱いてきたものだった。
「仕事で革製品をつくっていると、結構な量の端材が出るんです。それらを消費するために、無理なくパーツ取りできるぬいぐるみは最適でした。また、いずれワークショップなどで子どもたちにつくってほしいと思っているので、工程はできるかぎり簡素化しました。針と糸を使わない縫製なしの製法であることに加え、有機溶剤や接着剤も一切使用していません」
裁断した革と革を組み合わせてはめ込む手法は、プロトタイプの時点で確立していた。そこから型紙を更新し、気になっていたディティールをひとつずつ改良していった。
まずは耳。プロトタイプでは、ギザギザした刻み目のある2枚の革を組み合わせていたが、「それだと外れやすいので、片方の革に一カ所穴を開け、もう片方の革の刻み目を留める仕組みにしました」。そうすることで、より強度が増したという。
そして目。革の表面にボタンを貼り付けるのではく、「ボタンが革に埋め込まれているような工夫をしてくぼみを表現しました」。この目に加え、プロトタイプにはなかった口と手のひらを取り付けたことで、ぬいぐるみに対する愛着がより湧きやすくなったといえるだろう。
愛らしさを決定付ける要素として、可動性も忘れてはならない。首、腕、足が自在に動くため、立たせることも座らせることもできるうえに、持ち主の好きなポーズを取らせることも可能だ。
「腕と脚には外側から金具を取り付けることで、体を華奢に見せるのと同時に強度を与えました。首に関しても同様で、頭頂部から差し込んだネジ系の金具で留め、360度回転するように仕上げています」
そもそもなぜ可動させたいのかと聞くと、「やっぱり動いた方がかわいいじゃないですか」と、はにかむような笑顔を見せる井藤さん。完成した作品は、直球で「ハザイ×クマ」と命名した。
受賞の知らせを受けた瞬間について、井藤さんは「じわりと溢れるものがありました」と振り返る。
「これまでコンテストに応募したことがなく、受賞によって初めて人に認めてもらえたといううれしさがありました。個人的には、コロナ禍における買い控えなどの影響により、本業の受注依頼が減り、やむを得ずアルバイトを始めたという事情があって。そんな孤独な状況の中での受賞だったので、喜びもひとしおでした」
苦境に立たされていた井藤さんにとって、今回の受賞は一筋の光明となったようだ。
受賞後も作品の改良を考えており、「誰でもつくりやすいように、さらに工程を簡略化したいです」と語る井藤さん。「ハザイ×クマ」の制作キットが世に出回り、子どもたちが楽しげにつくる。そんな日が来ることを心待ちにしたい。
文=吉田 勉
写真=加藤 史人