バッグ部門
ベストプロダクト賞
“リム” トート
Wish Born
「自分は、四人兄弟の末っ子で。時代の影響もあったと思うんですけど、長男と次男がスーパーカー好き、三男と僕がバイク好きだったんです」
姫路の北に位置する、兵庫県・神河町に生まれた中野義夫さん。高校を卒業して働き始めると、すぐに大型免許を取得。ハーレーダビッドソンを購入したという。
「そうしたら、財布とか、腰に下げるメディスンバッグとか、ハーレーにぶら下げるサドルバッグとか、そういう革製品も欲しくなっちゃったんですよね。でも、高くて買えなくて。ツーリング仲間の先輩でレザークラフトをやっている人がいたので、つくってもらおうと思ってお願いしたんです。そうしたら、『おまえ、器用そうだから自分でやってみろ』って言われてしまって。それがすべての始まりです」
先輩から1年ほど基礎を教わったのち、姫路市内の工房で本格的に学び始めた中野さん。その頃にはすでに自らミシンや革すき機を購入し、自宅でも制作可能な環境に。工房で習った工程の続きを、独学で進めてしまっていたというから驚く。
「姫路市が革製品の職人育成のために運営している『革工房BAIMO』っていう施設があって。20代の中頃からは、そこで作品の販売も始めました」
好きなものをつくり、売れたらその対価が収入になるというシステム。平日は鉄工所で働きながら余暇の時間で作品を制作、毎週日曜日にBAIMOのスタッフを務めていたという。
「その頃ちょうど結婚したんですけど、時代はまさにリーマンショック。鉄工所の仕事が激減したのをきかっけに、会社を辞めました」
現在は自身のブランド、「Wish Born」を運営している。
レザーの道を志したきっかけが、ハーレーダビッドソンだった中野さん。今回の受賞作品「“リム” トート」は、印象的なタイヤの「リム」と出会ったことで生まれたと話す。
「子どもを連れて車で出かけた時、お茶屋さんに寄ったんです。そうしたらそこに、ゴリゴリリーゼントの兄ちゃんがいて。帰りに駐車場に行ってみたら、もう絶対その子のやわ~っていう、ひときわ目立つ車が(笑)。案の定、彼が乗り込んだんですけど、その助手席にいたのが……、おばあちゃんやったんです。優しい子やん!と思って、ふとその車のタイヤを見ると、リムの部分がびょんと飛び出ていた」
これにひらめきを得た中野さん。鞄における「捨てまち」を、このリムのようにわざと立ち上げるというデザインを思いついたのだ。
「捨てまちというのは、この鞄の側面のように、通常でも外側に立ち上がった形状になっています。それを本作では、底の片面のみを通常よりも大きくせり出すようにデザインし、そこにブランドロゴを刻印しました」
持ち手が長く、男性でも無理なく肩から掛けられるため、ショルダーベルトを別付けする必要はなし。左右どちらの肩に掛けた場合も、スマホなどの小物がスムーズに出し入れできるよう、両側の見返し部分にポケットが設けられている。機能性の面でも、綿密に考え抜かれているのだ。
「革は、硬すぎず経年変化も楽しめる、クロムとタンニンのコンビなめしのステア※。普段からお世話になっているタンナー、近所の大谷皮革さんにお願いしました。色も『こんな感じ』ってなんとなくのニュアンスを伝えれば、いつもいい感じに仕上げてくれるので助かってます」
生後数か月後に去勢して肥育した雄牛の革
40歳を迎えた中野さん。これまでの人生のちょうど半分ほどを、レザークラフトと共に過ごしてきたことになる。ものづくりのどんな部分に、一番の魅力を感じているのだろうか。
「なんでしょう。新しいアイデアを考えている時が好きですかね。こんなんあったらええなぁ、どうやったらたらできるやろう……っていう。今日の晩ごはんはなんだろな、みたいな時間が一番楽しい、あれと同じです(笑)」
一方で、90歳までものづくりを続けていたい、というストイックな夢も語る。
「前にどこかで、広島の傘職人のおじいちゃんの映像を見て。その方がまさに90歳を超えてもなおミシンを踏み続けていたんです。そんなふうになれたら本望。自分がやらな、って何かがないと、人間だめになっちゃいますからね」
文=中村 真紀
写真=鈴木 康浩