ウェア&グッズ部門
ベストプロダクト賞
カスタマイズウォレット
株式会社 𠮷田
「パスケース一体型の財布を探している知り合いがいたんです。窓がついていて、中に入れた定期が見える形のものですね。でも今の時代、改札で駅員さんに定期を見せることがほとんどなくなったこともあり、パスケースが付属した財布がものすごく少なくて。それでつくったのが、今回の作品なんです」
本体は、3つのパーツで構成されている。まず、カード入れのポケットがついたお札入れ。これ単体で二つ折り財布として使用することもできる。そこに、付属できるパーツがふたつ。ファスナーで開閉する小銭入れと、知人のリクエストにあった窓つきのパスケースだ。小銭入れとパスケースも、お札入れと同様に単体でも使うこともできる。
注目すべきは、この3つのパーツを組み立てるための留め具だ。
「ヘアピンを使っているんです。お札入れを折りたたむ中央の部分にスリーブ、小銭入れとパスケースの端にはそれぞれ隙間を設けていて。そこに両側からヘアピンを差し込むことで、取り付けられるように仕立てました」
ヘアピンのほかにマネークリップも試したというが、ボリュームがありすぎてうまく収まらなかった。そこで針金を折り曲げて自ら金具をつくろうとするも、こちらはグリップ力に欠けてしまう。そこでふと目に留まったのが、自宅にあったヘアピン。試してみたところ、これが意外にもしっくりきたという。
「こういった誰でも簡単に手に入るものをうまく利用することが、個人的にすごく好きなんです。安価なものを、上等品のなかでさりげなく生かすというか。その手があったか!って思ってもらえたら本望ですね」
使用したレザーは、革自体の表情を残した上質なカーフスキン※。カーフもまさか、自分がヘアピンで組み立てられるとは思ってもみなかっただろう。
「𠮷田の商品でも使うことは多いんですけど、このカーフは薄くすいても銀面にハリがあってしっかりとした質感が特徴。床面がきれいに処理されていることもあり、裏地に生地などは使用していません」
生後6か月以内の子牛の革
矢内さんが𠮷田で働き始めたのは、専門学校を卒業したのちの2005年。販売員のアルバイトとしてキャリアをスタートしたという。
「𠮷田の鞄を見て、その縫製の美しさに感動したんです。ここで働いて、いつか鞄づくりを学びたい。そう思って仕事を始めました」
しかし入ってみてわかったのは、社内に職人がいないということ。創業者の娘である野谷久仁子さんが一部手縫いをしていたものの、バッグは社外の職人の手により生産されていた。
「鞄づくりを志したスタッフがほかにもいて、その人が上司に話をしたんです。そうしたら、兼ねてから社内にもバッグを製作できる人間が必要だと考えていた会社の想いと合致し、『製作部』が誕生することになりました」
製作部に所属した矢内さんは、縫製職人のもとで修行。7年半かけてみっちり技術を学んだという。
現在の主な仕事は、新商品のサンプルづくり。企画担当者からあがってきた案を、実際に使用する素材で製作し、その強度などを確認するのだという。しかし今回の作品のように自らのアイデアを形にして、商品として販売したいという想いはないのだろうか。
「𠮷田の商品は、さまざまなアイテムからなるシリーズ単位で展開する場合がほとんどです。そのラインナップをすべて考えられるかというと、やっぱりそこは企画担当者の仕事だと思っています。でも、一部でも自分のアイデアが採用されることがあったりすると、それはやっぱりすごくうれしいですよね。ちょっとしたアイデアで、世の中の人がちょっとだけ幸せになったら……。そんな想いで、これからもものづくりを続けていきたいと思っています」
文=中村 真紀
写真=加藤 史人