審査員長特別賞
(持続可能なデザイン)
「ロス」から生まれた
「レス」シューズ
株式会社ティックワールド
製靴メーカーの代表取締役社長を務める安藤真弓さんは、全国各地で行われる催事への参加を重ねる中で、靴を求める人々のある傾向に気づくようになる。
「お客様はご自身の性別や年齢に沿う靴をお求めになる節があり、たとえば50~60代の女性なら、どれだけ履き心地がよくても『紳士用だから』『若者向けだから』という理由で敬遠されることが少なくありません。接客していて口には出せませんが、そこで線を引いてしまうのはもったいないとずっと思っていました」
そんな折、たまたま出向いた展示会で、害獣問題で処分された鹿の革と出会った。普段の靴づくりで鹿革を使う機会は皆無だったが、「SDGs的な問題にトライするひとつのきっかけになるかもしれない」と思った安藤さんは、その鹿革を取り寄せてサンプルを製造し、手応えを掴んだ。
「軽くてやわらかいのはもちろん、想像以上に丈夫でしなやかな靴が完成しました。その時に、この鹿革を使い、年齢や性別の垣根を超える靴をつくろうと決心しました。新しい時代にふさわしいものにしたいという思いが強くありました」
ロスとされる害獣の革を使い、ジェンダーレスでエイジレスな靴を製造するというコンセプトは決まった。デザインはベーシックかつシンプルに。鹿革の特性を生かし、履き心地には徹底的にこだわり抜いた。熟練の職人たちと取り組んだ制作時の苦労について、安藤さんは次のように語る。
「もっとも大変だったのは、鹿革の風合いを壊さないようにすることでした。結果、ふんわりしたやわらかさとナチュラルなシボ感をそのまま生かすことができたように思います。重い靴や硬い靴しか履いたことのない男性からは、『今までに履いたことのない心地よさを感じる』といったご感想を頂戴しています」
受賞作の「『ロス』から生まれた『レス』シューズ」は、着脱しやすいスリッポンタイプ。ソフトでなめらかな履き心地を維持しつつ、甲の内側にゴムを取り付けているので足抜けも防止できる。ただし、よりフィット感を重視するのであれば、紐タイプがおすすめ。しっかりと紐を結べば、ウォーキングなどにも使える。
そもそも同社は、「足に優しく、人に優しい」をコンセプトに靴づくりを続けてきた。靴を通じて足や歩行をサポートするという意識が非常に強い。
「足に優しくフィットするような履き心地を重視しているから、時には『どの靴もポテッとして見える』といわれたこともあります(笑)。私はよくおにぎりにたとえるのですが、お米をギュッと握るのではなく、ふんわり握って温かいうちに差し出すような靴づくりを心がけています」
近年は、地元の看護師たちと協力してフットケアイベントを開催するなど、地域貢献にも積極的だ。
「人生100年時代を迎えるにあたり、足の健康はQOLを大きく左右します。イベントでは、看護師さんたちが足の計測をしたり、悩みを伺ったりするのですが、私たちはそれに合わせて靴の提案を行っています。このような社会的役割を担いつつ、いかにビジネスに結び付けていくのが私たちの課題です。今回の受賞を通じ、佐賀に私たちのような革靴好きがいることを知ってもらえたらうれしいですね」
そういって朗らかに笑う安藤さん。受賞を契機に、自社のさらなる知名度向上を目指す。
文=吉田 勉
写真=加藤 史人