伝統技法を生かし
床革を味わい尽くす
レザーの魔術師が目指した
シンプルの極み

フリー部門 フューチャーデザイン賞 混沌 CAI芸術スタジオ 株式会社 蔡 弘灏 さんの画像

フリー部門
フューチャーデザイン賞

混沌

CAI芸術スタジオ 株式会社

蔡 弘灏サイ ホンハオさん

両手でやっと抱えられるほどの、大きな壺。積み重なった層や、ところどころに見られる年輪のような文様は、まるで惑星のようだ。昨年2021年の受賞者でもある蔡弘灏サイ ホンハオさんが、これまでの作風とは大きく異なるアプローチで挑んだ本作。そこに込められた想いとは?
蔡 弘灏さんの作品の画像

180度振り切ることで、
生まれた作品

「レザーアワードに応募するのは3回目。昨年までは、キャラクターや動物の緻密な造形を表現することに力を注いできましたが、今回はちょっと違うことをしてみたいな、と」

今年5月に新しくオープンしたギャラリー併設の工房で、蔡弘灏サイ ホンハオさんはそう話す。レザークラフトに専念するため、5年前に中国・北京から日本に移住。昨年は、「十二支ブローチ」で、ウェア&グッズ部門・ベストプロダクト賞を受賞した。濡らしたヌメ革を樹脂の型にかぶせ、乾かして成形。その上に細かい細工と着色を施すという、技巧を凝らした作品だった。

「本作では、もっとシンプルに革自体の魅力を表現したいと考えました。そこで注目したのが、倉庫にたくさん眠っていた床革だったんです」

銀面(表面の層)を除去した下層部の革

蔡 弘灏さんの制作風景画像

床革ならではの魅惑的な表情

これまでも、キャラクターブローチの裏面などに、床革を用いてきたという蔡さん。しかし使用量がそこまで多くないこと、さらには革を薄くすいてもらう際に出る床革もタダ同然で譲り受けることがあり、その多くが手つかずのままで残っていたのだ。
「床革をよく見ると、つるっとしているものもあれば、少し繊維質に毛羽立っている部分もあったり。すごく個性的な表情があることに気づいたんです。これを主役として生かしてみたいと考えました」

まずは、トレイのような小さなサイズの作品を制作。床革を何層にも重ね、削ることで現れる模様のおもしろさに魅了された。
「応募作品としては、インパクトのある大きな壺をつくろうと思いました。そこで思いついたのが、伝統的な陶器づくりで見られる『輪積み法』です」

蔡 弘灏さんの作品 混沌の画像

バランスボールを芯に、
床革をぐるぐる

輪積み法とは、棒状にした粘土を回し置いて積層させることで器形に成形する工法だ。
「まず床革を水で濡らしてやわらかくし、棒状に加工。それをバランスボールの周りに巻き付けていきました。そして革が乾いて固まってから、バランスボールの空気を抜く。こうすることで、きれいな球体をつくることができました」

ベースとなる壺の形ができあがると、今度は表面のところどころに革のパーツを接着。その上からさらに床革を巻き付け、最終的に7層の床革を積み重ねたという。

「そこから表面を削っていくことで、年輪のような独特の模様を表現しました。削ってみるまでどんな見栄えになるかわからなかったので、今回一番苦労した工程ですね」
作品名は、「混沌」。生まれたての惑星のようなその様相を、すべてが共生して形づくられていく“世界の始まり”に見立てたと語る。

蔡 弘灏さんの作業場の画像

大好きな多肉植物と
レザーの競演を夢見て

防水のため、中面には漆と地粉を混ぜたものを塗装。表面は部分的に漆を塗り、磨くことでツヤを出し、意匠のアクセントとした。

「ここまで大きくしたいと思ったのは、本当は庭に置きたいと思ったからだったんです。庭でも存在感を発揮できるサイズに、と」
多肉植物が大好きな蔡さん。ギャラリーでは苗の販売もおこなっている。これらの多肉植物と、革製の大きな壺が共演したら……。そんな発想が、この作品制作のきっかけになっていたのだ。

「結果的に今回は、完全防水にはしませんでした。でも今後、多肉植物を寄せ植えできるような器とか、そんなものを革でつくれたらおもしろいと考えています」

蔡 弘灏さんの画像

レザーの魅力、発信基地

工房では、レザークラフトの教室も開校。生徒の中には、すでにアメリカのコンテストでの受賞者も出ているという。
「初心者であれば、まずはカービングの基礎を指導。ある程度の技術が身に付けば、つくりたいものを相談しながら、その人に合ったカリキュラムで教えるようにしています」

またギャラリーには、自身の作品だけにとどまらず、世界中のすばらしいレザークラフトが展示されている。自身の作品とトレードで、さまざまな作品を集めているのだ。
「こういったレベルの作品は、これまで美術館や博物館に行かないとお目にかかれなかった。でもここなら、もっとたくさんの人に気軽に見に来てもらうことができる。今後このギャラリーを起点に、革のおもしろさ伝えていきたいと思っています」
制作、指導、コミュニティの創出、そのすべてが蔡さんの創作活動。これから先、どんなわくわくが生まれるのか。その次章が待ち遠しい。

2021年度 ウェア&グッズ部門 ベストプロダクト賞
https://award.jlia.or.jp/2021/list/detail.php-no=J21A-6281.html
2021年度 受賞時のインタビュー記事
https://award.jlia.or.jp/interview/2021/cai/

文=中村 真紀
写真=江藤 海彦

作品ページ
shop

受賞者一覧

野沢 浩道 さん

2022年度 グランプリ

フリー部門 ベストプロダクト賞

個人

野沢 浩道 さん

シンプルでミニマム
だから想像力をかきたてる
デジタル全盛時代に
フィジカルの大切さを問う筆箱

宮内 崇 さん

フットウェア部門
ベストプロダクト賞

アトリエ路地の家

宮内 崇 さん

神戸牛の
“生きた証”に最敬礼!
太陽の力で
美しい色の変化を表現した一足

中野 義夫 さん

バッグ部門 ベストプロダクト賞

Wish Born

中野 義夫 さん

偶然出会った
個性的な「リム」から想起
デザインと確かな機能性が
同居するトートバッグ

矢内 徹 さん

ウェア&グッズ部門
ベストプロダクト賞

株式会社 𠮷田

矢内 徹 さん

お札入れ、小銭入れ
パスケース、ヘアピンを活用した
斬新な組み立て型ウォレット

外林 洋和 さん

フットウェア部門
フューチャーデザイン賞

LIGHTBULB

外林 洋和 さん

最新デジタル技術は
対面採寸の壁を超える
伝統と革新で実現する
新時代ビスポーク

河本 静香 さん

バッグ部門 フューチャーデザイン賞

sunao

河本 静香 さん

多種多様な革が
醸す魅力を伝える
端切れ革を使った
手編みバッグ

蔡 弘灏 さん

フリー部門 フューチャーデザイン賞

CAI芸術スタジオ 株式会社

蔡 弘灏 さん

伝統技法を生かし
床革を味わい尽くす
レザーの魔術師が目指した
シンプルの極み

井藤 憲一郎 さん

フリー部門 フューチャーデザイン賞

個人

井藤 憲一郎 さん

簡略化した工程で
誰でもつくれるように
端材を使った環境配慮型の
テディベア

大塲 朝希 さん

学生部門 最優秀賞

国際ファッション専門職大学

大塲 朝希 さん

天然のキズが
気になるなら……
逆転の発想から誕生した
猫の爪とぎ

安藤 真弓 さん

審査員長特別賞(持続可能なデザイン)

株式会社ティックワールド

安藤 真弓 さん

性別と年齢の
垣根を飛び越える
害獣の革から
生まれたシューズ

記事一覧