フリー部門
フューチャーデザイン賞
混沌
CAI芸術スタジオ 株式会社
「レザーアワードに応募するのは3回目。昨年までは、キャラクターや動物の緻密な造形を表現することに力を注いできましたが、今回はちょっと違うことをしてみたいな、と」
今年5月に新しくオープンしたギャラリー併設の工房で、
「本作では、もっとシンプルに革自体の魅力を表現したいと考えました。そこで注目したのが、倉庫にたくさん眠っていた床革※だったんです」
銀面(表面の層)を除去した下層部の革
これまでも、キャラクターブローチの裏面などに、床革を用いてきたという蔡さん。しかし使用量がそこまで多くないこと、さらには革を薄くすいてもらう際に出る床革もタダ同然で譲り受けることがあり、その多くが手つかずのままで残っていたのだ。
「床革をよく見ると、つるっとしているものもあれば、少し繊維質に毛羽立っている部分もあったり。すごく個性的な表情があることに気づいたんです。これを主役として生かしてみたいと考えました」
まずは、トレイのような小さなサイズの作品を制作。床革を何層にも重ね、削ることで現れる模様のおもしろさに魅了された。
「応募作品としては、インパクトのある大きな壺をつくろうと思いました。そこで思いついたのが、伝統的な陶器づくりで見られる『輪積み法』です」
輪積み法とは、棒状にした粘土を回し置いて積層させることで器形に成形する工法だ。
「まず床革を水で濡らしてやわらかくし、棒状に加工。それをバランスボールの周りに巻き付けていきました。そして革が乾いて固まってから、バランスボールの空気を抜く。こうすることで、きれいな球体をつくることができました」
ベースとなる壺の形ができあがると、今度は表面のところどころに革のパーツを接着。その上からさらに床革を巻き付け、最終的に7層の床革を積み重ねたという。
「そこから表面を削っていくことで、年輪のような独特の模様を表現しました。削ってみるまでどんな見栄えになるかわからなかったので、今回一番苦労した工程ですね」
作品名は、「混沌」。生まれたての惑星のようなその様相を、すべてが共生して形づくられていく“世界の始まり”に見立てたと語る。
防水のため、中面には漆と地粉を混ぜたものを塗装。表面は部分的に漆を塗り、磨くことでツヤを出し、意匠のアクセントとした。
「ここまで大きくしたいと思ったのは、本当は庭に置きたいと思ったからだったんです。庭でも存在感を発揮できるサイズに、と」
多肉植物が大好きな蔡さん。ギャラリーでは苗の販売もおこなっている。これらの多肉植物と、革製の大きな壺が共演したら……。そんな発想が、この作品制作のきっかけになっていたのだ。
「結果的に今回は、完全防水にはしませんでした。でも今後、多肉植物を寄せ植えできるような器とか、そんなものを革でつくれたらおもしろいと考えています」
工房では、レザークラフトの教室も開校。生徒の中には、すでにアメリカのコンテストでの受賞者も出ているという。
「初心者であれば、まずはカービングの基礎を指導。ある程度の技術が身に付けば、つくりたいものを相談しながら、その人に合ったカリキュラムで教えるようにしています」
またギャラリーには、自身の作品だけにとどまらず、世界中のすばらしいレザークラフトが展示されている。自身の作品とトレードで、さまざまな作品を集めているのだ。
「こういったレベルの作品は、これまで美術館や博物館に行かないとお目にかかれなかった。でもここなら、もっとたくさんの人に気軽に見に来てもらうことができる。今後このギャラリーを起点に、革のおもしろさ伝えていきたいと思っています」
制作、指導、コミュニティの創出、そのすべてが蔡さんの創作活動。これから先、どんなわくわくが生まれるのか。その次章が待ち遠しい。
文=中村 真紀
写真=江藤 海彦