フットウェア部門
ベストプロダクト賞
InTi(インティ)
アトリエ路地の家
「革を保管している時に、表面に出ている部分だけ日に焼けていることがよくあって。おもしろいなって思ったのがきっかけです」
一般的には、保管時の一部変色はマイナス要因として捉えられかねない。しかし宮内崇さんは、これにスポットを当てた。
「日焼けで模様を描いてしまおう、そう思いついたのが2年ほど前です。型を丸く抜いて水玉にしてみたり、いろいろ実験してみたら想像以上にうまくいって」
日本語、英語、イタリア語、さまざまな言語で検索してみても、日焼けで革に模様を描いた事例は出てこない。前例がないからこそ、挑戦したいという気持ちは高まったという。
「だったら、もっと突っ込んだ加工をしてみようと。段階的に濃淡を表現する『迷彩柄』に挑戦し始めました」
「日焼けといえば、オイルだろうと(笑)。そうしたらやっぱりオイルを塗ったほうが、くっきりと輪郭が出たんです。そこからあらゆる油を試して、焼け具合を記録していきました」
最終的にたどりついたのは、オリーブオイルなどいくつかを合わせたオリジナルブレンド。配合については、企業秘密だと笑う。
「でも、どんなにオイルにこだわっても、日焼けすると革が縮んでしまう。型と模様が、だんだんとずれてきてしまうんです」
少しでも焼けやすい革をと、相談をもちかけたのが姫路の「オールマイティ」。小ロットからオーダーメイドで革をなめしてくれるタンナーだ。
「普通は、いかに日焼けさせないかを考えるのにって。びっくりされました(笑)」
リクエストに応え、少しでも日焼けしやすいタンニンを提案してくれたというオールマイティ。そのやりとりの中で宮内さんが出会ったのが、神戸牛だった。
「よく、『革は食肉の副産物、エコな素材』っていう言い方をしますよね。でも『神戸牛』と聞けば、誰もが食肉だとすぐにわかる。その革を使って作品をつくれば、説明なしでも、副産物の有効活用だと理解してもらえるって思ったんです」
なめしが難しく、通常は廃棄されてしまうことも多いという神戸牛の皮。オールマイティのなめし技術の力を借り、宮内さんはこれをスニーカーに昇華させたのだ。
「ヒールには、牛の『個体識別番号』を刻印しました。神戸牛全頭に付与されているものなのですが、これこそ牛が生きた証だと思って。なんらかの形で刻みたいと思いました」
中学時代からバンドを組んでいたという宮内さん。高校卒業後はプロになることを夢見て、ライブハウスで働きながら音楽活動に励んでいたという。
「でも、ちょっと没頭しすぎちゃって、嗜好がどんどんコアになっていって……。それで23歳の時、音楽は趣味にしようって思ったんです」
そんな折に出会ったのが、ハンドメイドの靴だった。
「それまでも、趣味で革小物をつくったりはしていたんですけど、『靴』ってなったら、まったくもってわからない。目にしたその靴に『made in Italy』って書いてあったので、イタリアに行くことにしました」
驚くべき行動力でイタリアに飛び、フィレンツェの工房で2年間修業。帰国後は数社で修理、商品企画などの経験を積み、8年前に広島のスニーカーメーカーに入社した。現在は、自身のアトリエも構える忙しい日々を送っている。
「今回の作品では、ベロの部分につなぎを入れて立体的に仕上げています。あと、紳士靴ではあまり見られないクッションパットを入れたり。ソール部分はオパンケ製法※で、修理しやすい構造にしました」
日焼け迷彩の派手な部分に目がいきがちだが、イタリアで、日本で、20年近いキャリアをもつ宮内さんの、確かな技術力が随所に生かされている。
「靴づくりって、作業に向き合う時間が長いので、どうしても作品だけで完結しがち。でも、実際にはお客様の生活スタイル、履いた時の表情や醸し出す雰囲気を含めてトータルで考える必要があるんです。そういう形ないものと自分のつくった靴がリンクした時が、一番うれしい瞬間ですね」
ソールをアッパーに被せるように縫い付ける製靴方法
文=中村 真紀
写真=江藤 海彦