フリー部門
ベストプロダクト賞
チイサナフデバコ
個人
一見すると木の棒に見えなくもない。その実体は、鉛筆一本がぴたりと収まる革製の筆箱だ。作品名はストレートに「チイサナフデバコ」。サイズこそ小ぶりだが、抜群の存在感を放つ。佳作のそろった「ジャパンレザーアワード2022」において、見事グランプリを獲得した。
「部門やカテゴリーで入賞したいという願望はありましたが、まさかグランプリ受賞とは未だに信じられない気持ちです」
そう語るのは、受賞者の野沢浩道さん。職業は歯科開業医。革の持つ「自由さと曖昧さ」に惹かれ、余暇を使って革製品づくりをしている。
「ジャパンレザーアワード」へのエントリー経験も豊富だ。一度、すべての部門に作品を提出したことがあるが、「その年の応募作品展でほかの作家さんの作品を見てクオリティの高さに驚き、このままでは駄目だと痛感しました。それからは、一つひとつの作品にテーマをもうけ、より真剣に向き合うようになりました」
とりわけ受賞作のコンセプトは明確だ。デジタルガジェットが普及した世の中において、あらためてフィジカルを駆使する重要性を問うている。
「紙に字を書く、あるいは絵を描く機会が減っている現代において、あらためて手を動かす大切さを見直し、文具の可能性を追求しました。シンプルかつミニマムな作品にしたかったので、できるかぎり材料と手間を端折った結果、鉛筆一本のみを収納するサイズになりました」
野沢さん自身、プロダクトを構想する際には鉛筆でデッサンを描く。身体感覚を伴うアウトプットの意義をしかと心得ているようだ。
作品のベースとなるヌメ革は、最低限の強度を維持できる厚みに。木型を使用して立体成形し、Ni-Tiワイヤー(ニッケル-チタンワイヤー)のヒンジを取り付けた。「当初は細い真鍮の棒を通してみましたが、強度が足りず歪み、その部分が膨らんでしまうため、弾力性があり変形しないNi-Tiワイヤーを使いました」。ちなみにこのワイヤーは、歯科矯正で用いるケースもあるという。
味覚以外の感覚に訴えるのも大きな特徴だ。軽くて心地よい手触りは言わずもがな。使用した鉛筆が短くなって空くスペースは、思考によって脳を使った目安となる。小型の隠しマグネットによる開閉時の音は小気味よく、ふんわりと鼻腔をかすめるコーヒーの香りは気分を落ち着かせる。
「今回の革はお気に入りのスペシャリティコーヒーで染めています。通常の染料よりも色付きがよいことに加え、大好きなコーヒーの香りがほんのりとするので、より身近に置いておきたいプロダクトになったと思います」
ひとつのプロダクトを長く手元に置くことは、無駄な所有と消費を減らすことにもつながる。「チイサナフデバコ」は、モノを所有することの意味を深く考えさせてくれる。
まったくの独学で創作を続け、快挙を成し遂げた野沢さん。革を使ったものづくりについて、柔和な顔つきで次のように話す。
「作品づくりをしている時間は、仕事を終えたあとの息抜き、気持ちの安らぐ大切なひとときです。リラックスした時間に構想をかたちにしていく作業は、いまや人生に欠かせません」
そんな野沢さんだが、今回の受賞を「ジャパンレザーアワード」への参加の区切りにするつもりはない。
「『ジャパンレザーアワード』への応募は、僕の年間目標のひとつになっています。今後は各部門およびカテゴリーにおける受賞を目指し、シンプルでミニマムながらもそれ以上の何かを感じられる作品をつくっていきたいと思います。いまは趣味の範疇ですが、将来的にはプロダクトを市場に送り出したいですね」
野沢さんの夢が叶う日は、そう遠くないのかもしれない。
文=吉田 勉
写真=加藤 史人